・・・パヴィースと云うて三角を倒まにして全身を蔽う位な大きさに作られたものとも違う。ギージという革紐にて肩から釣るす種類でもない。上部に鉄の格子を穿けて中央の孔から鉄砲を打つと云う仕懸の後世のものでは無論ない。いずれの時、何者が錬えた盾かは盾の主・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・それからしてジャーナリスト等は、三角関係の恋愛や情死者等を揶揄してニイチェストと呼んだ。 何故にニイチェは、かくも甚だしく日本で理解されないだらうか。前にも既に書いた通り、その理由はニイチェが難解だからである。たしかメレヂコフスキイだか・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
○一つ橋外の学校の寄宿舎に居る時に、明日は三角術の試験だというので、ノートを広げてサイン、アルファ、タン、スィータスィータと読んで居るけれど少しも分らぬ。困って居ると友達が酒飲みに行かんかというから、直に一処に飛び出した。いつも行く神保・・・ 正岡子規 「酒」
・・・海は針をたくさん並べたように光っているし木のいっぱい生えた三角な島もある。いま見ているこの白い海が太平洋なのだ。その向うにアメリカがほんとうにあるのだ。ぼくは何だか変な気がする。海が岬で見えなくなった。松林だ。また見える。次は浅虫だ。石・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・お日さまさえ、ずうっと遠くの天の隅のあたりで、三角になってくるりくるりとうごいているように見えたのです。 みんなは石のある所に来ました。そしててんでに百匁ばかりの石につなをつけて、エンヤラヤア、ホイ、エンヤラヤアホイ。とひっぱりはじめま・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・』と云うと子供の助手はまるで口を尖らせて、『だって向うの三角旗や何かぱたぱた云ってます。』というんだ。博士は笑って相手にしないで壇を下りて行くねえ、子供の助手は少し悄気ながら手を拱いてあとから恭々しくついて行く。 僕はそのとき二・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・赤い房のついた三角帽をかぶった蒙古少年が雪をこいで、低い柵のむこうの家の見える方へ歩いて行く。犬があとからくっついて行く。 廊下へひっこんで来たら、むこうのはずれの車室から細君が首だけ出し、 ――何が起ったんです? 良人は、ひろ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・栄蔵は、絶えず激しい不安におそわれて、自分の居る部屋の隅々、床の下、夜着のかげに、額に三角をつけた亡者共が、蚊の様な声をたてて居る様に感じて居た。田舎医者は、四肢の運動神経に故障の出来たわけが分らなかった。 今日はよかろう、明日はよかろ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 木綿更紗の布を三角に頭へかぶった婆さんが、ハイネを知っている。イプセンを知っている。モーパッサンをも読んで貰ったし、ロシアのものなら古典の代表作と現代の主なものは知っているという結果になった。そして、いい年をした貧農出の農場員は自分で・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・即ちそれを通じてのみ、古典美への信仰に入ることが出来、「科学的認識は芸術的享楽の中枢に参画する」ことが出来るとしているところが違うと云えば云える。しかし、歴史の光に照して見れば、後退的な「素朴な実証」主義の合理化、憧憬は、小林氏の心持をもつ・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫