・・・木がにわかにざわざわしました。もう出発に間もないのです。「ぼく、くつが小さいや。めんどうくさい。はだしでいこう。」「そんならぼくのとかえよう。ぼくのはすこし大きいんだよ。」「かえよう。あ、ちょうどいいぜ。ありがとう。」「わた・・・ 宮沢賢治 「いちょうの実」
・・・ その時風がざあっと吹いて来て土手の草はざわざわ波になり、運動場のまん中でさあっと塵があがり、それが玄関の前まで行くと、きりきりとまわって小さなつむじ風になって、黄いろな塵は瓶をさかさまにしたような形になって屋根より高くのぼりました。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまい・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ みんなはざわざわしました。工芸学校の先生は「黒いしめった土を使うこと」と手帳へ書いてポケットにしまいました。 そこでみんなは青いりんごの皮をむきはじめました。山男もむいてたべました。そして実をすっかりたべてからこんどはかまどをぱく・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・「こいつらが ざわざわざわざわ云ったのは、 ちょうど昨日のことだった。 何して昨日のことだった? 雪を勘定しなければ、 ちょうど昨日のことだった。」 ほんとうに、その雪は、まだあちこちのわずかな窪みや、向うの丘の・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
・・・ 風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。「どうも腹が空いた。さっきから横っ腹が痛くてたまらないんだ。」「ぼくもそうだ。もうあんまりあるきたくないな。」「あるきたくないよ。ああ困っ・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
ねばねばした水気の多い風と、横ざまに降る居ぎたない雨がちゃんぽんに、荒れ廻って居る。 はてからはてまで、灰色な雲の閉じた空の下で、散りかかったダリアだの色のさめた紫陽花が、ざわざわ、ざわざわとゆすれて居るのを見て居ると・・・ 宮本百合子 「雨の日」
・・・ 今まで通って居た便所に消毒薬を撒いたり、薬屋に□□(錠の薄める分量をきいたりしてざわざわ落つきのない夜が更けると、宮部の熱は九度一分にあがってしまった。 台所では二つの氷嚢に入れる氷をかく音が妙に淋しく響き主夫婦は、額をつき合わせ・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・その音が寂寞を破ってざわざわと鳴ると、閭は髪の毛の根を締めつけられるように感じて、全身の肌に粟を生じた。 閭は忙しげにあき家を出た。そしてあとからついて来る道翹に言った。「拾得という僧はまだ当寺におられますか」 道翹は不審らしく閭の・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
ロシアの都へ行く旅人は、国境を通る時に旅行券と行李とを厳密に調べられる。作者ヘルマン・バアルも俳優の一行とともに、がらんとした大きな室で自分たちの順番の来るのを待っていた。 霧、煙、ざわざわとした物音、荒々しい叫び声、息の詰まるよ・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫