・・・と生前豪語していた通りに十四、五年来著るしく随喜者を増し、書捨ての断片をさえ高価を懸けて争うようにもてはやされて来た。 椿岳の画は今の展覧会の絵具の分量を競争するようにゴテゴテ盛上げた画とは本質的に大に違っておる。大抵は悪紙に描きなぐっ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・売弄す懐中の宝 霊童に輸与す良玉珠 里見氏八女匹配百両王姫を御す 之子于に帰ぐ各宜きを得 偕老他年白髪を期す 同心一夕紅糸を繋ぐ 大家終に団欒の日あり 名士豈遭遇の時無からん 人は周南詩句の裡に在り 夭桃満面好手姿 ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 柔和なる者は福なり、其人はキリストが再び世に臨り給う時に彼と共に地を嗣ぐことを得べければ也とのことである、地も亦神の有である、是れ今日の如くに永久に神の敵に委ねらるべき者ではない、神は其子を以て人類を審判き給う時に地を不信者の手より奪・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・それには、だれか人をやって、よくその皇子の身の上を探ってもらうにしくはないと考えられましたから、お伴の人をその国にやられました。「よく、おまえはあちらにいって、人々のうわさや、また、どんなごようすの方だか見てきておくれ。」といわれました・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・私は世間の多くの人々が、此夜から暁になろうとしている瞬間の自然の景色を、自分の如くこうして外に立って親しく知る者が幾人あろうと考えた。……私は其処に新しい詩材を見出すことが出来るように覚えて観察を怠るまいと思った。 此時始めてこの二軒長・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・恍洋たるロマンチシズムの世界には、何人も、強制を布くことを許さぬ。こゝでは、自由と美と正義が凱歌を奏している。我等は、文芸に於てこそ、最も自由なるのではないか。誰か、文芸は、政治に従属しなければならぬという? ふたゝび、ロマンシズムの自・・・ 小川未明 「自由なる空想」
・・・私のようなことを言って救いを乞いに廻る者も希しくないところから、また例のぐらいで土地の者は対手にしないのだ。 私は途方に晦れながら、それでもブラブラと当もなしに町を歩いた。町外れの海に臨んだ突端しに、名高い八幡宮がある。そこの高い石段を・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・そりゃ男はね、三十が四十でも気の持ちよう一つで、いつまでも若くていられるけど、女は全く意気地がありませんよ。第一、傍がそういつまでも若い気じゃ置かせないからね。だから意気地がないというより、女はつまり男に比べて割が悪いのさね」「いけねえ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・或夜のこと、それは冬だったが、当時私の習慣で、仮令見ても見ないでも、必ず枕許に五六冊の本を置かなければ寝られないので、その晩も例の如くして、最早大分夜も更けたから洋燈を点けた儘、読みさしの本を傍に置いて何か考えていると、思わずつい、うとうと・・・ 小山内薫 「女の膝」
医者に診せると、やはり肺がわるいと言った。転地した方がよかろうということだった。温泉へ行くことにした。 汽車の時間を勘ちがいしたらしく、真夜なかに着いた。駅に降り立つと、くろぐろとした山の肌が突然眼の前に迫った。夜更け・・・ 織田作之助 「秋深き」
出典:青空文庫