・・・彼れは畑にまだしこたま残っている亜麻の事を考えた。彼れは居酒屋に這入った。そこにはK村では見られないような綺麗な顔をした女もいた。仁右衛門の酒は必ずしも彼れをきまった型には酔わせなかった。或る時は彼れを怒りっぽく、或る時は悒鬱に、或る時は乱・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・棺のこっちにこの椅子をおいて……これをここに、おい青島……それをそっちにやってくれ……おいみんな手伝えな……一時間の後には俺たちはしこたまご馳走が食える身分になるんだ。生蕃、そんな及び腰をするなよ。みっともない。……これでだいたいいい……さ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ 扉の後には牛乳の瓶がしこたましまってあって、抜きさしのできる三段の棚の上に乗せられたその瓶が、傾斜になった箱を一気にすべり落ちようとするので、扉はことのほかの重みに押されているらしい。それを押し返そうとする子供は本当に一生懸命だった。・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・バラックを出ると、一人の男があのカレー屋ははじめ露天だったが、しこたま儲けたのか二日の間にバラックを建ててしまった、われわれがバラックの家を建てるのには半年も掛るが、さすがは闇屋は違ったものだと、ブツブツ話し掛けて来たので相手になっていると・・・ 織田作之助 「世相」
・・・満洲や台湾の苦力や蕃人を動物を使うように酷使して、しこたま儲けてきた金で、資本家は、ダラ幹や、社会民主主義者どもにおこぼれをやるだろう。しかし、革命的プロレタリアートに対しては、徹底的に弾圧の手をゆるめやしないのだ。 なお、そればかりで・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・の編集は世間へのお体裁、実は闇商売のお手伝いして、いつも、しこたま、もうけている。けれども、悪銭身につかぬ例えのとおり、酒はそれこそ、浴びるほど飲み、愛人を十人ちかく養っているという噂。 かれは、しかし、独身では無い。独身どころか、いま・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ 第三金時丸は、貪慾な後家の金貸婆が不当に儲けたように、しこたま儲けて、その歩みを続けた。 海は、どろどろした青い油のようだった。 風は、地獄からも吹いて来なかった。 デッキでは、セーラーたちが、エンジンでは、ファイヤマンた・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ガスよけマスク、飛行機、爆弾、そういうものを拵えてしこたま儲けている工場がどんなひとの使いようをするかといえば、臨時雇いで、しかも給料のやすいおとなしい女ばかりを多く雇う。一日十一時間半も働かす。 満州を足場に日本のブルジョア、地主はソ・・・ 宮本百合子 「婦人読者よ通信員になれ」
・・・ロシアの支配者は人民に学問や現実的な知識を授ける代りに、高い税で政府がしこたま儲けつづけた火酒と、封建的な絶対服従にあきらめる思いを祈祷の文句で、人民の精神に植えつける僧侶とをあてがった。 女と男との地位は、ひどく男尊女卑だった。人民―・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
出典:青空文庫