・・・彼らは自ら手を下さず、市井の頭目を語らって、群衆を煽動せしめたのであった。 日蓮は一時難を避けて、下総中山の帰衣者富木氏の邸にあって、法華経を説いていた。 六 相つぐ法難 日蓮の闘志はひるまなかった。百日の後彼は・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 日蓮の父祖がすでに義しくして北条氏の奸譎のために貶せられて零落したものであった。資性正大にして健剛な日蓮の濁りなき年少の心には、この事実は深き疑団とならずにはいなかったろう。何故に悪が善に勝つかということほど純直な童心をいたましめるも・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・そこで膝射の姿勢をとった。農民が逃げて、主人がなくなった黒い豚は、無心に、そこらの餌をあさっていた。彼等はそれをめがけて射撃した。 相手が×間でなく、必ずうてるときまっているものにむかって射撃するのは、実に気持のいゝことだった。こちらで・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・そこから十間ほど距って、背後に、一人の将校が膝をついて、銃を射撃の姿勢にかまえ兵卒をねらっていた。それはこちらからこそ見えるが、兵卒には見えないだろう。不意打を喰わすのだ。イワンは人の悪いことをやっていると思った。 大隊長が三四歩あとす・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 何となれば、死生の際が人を詩化せしむる如く、戦争は、国民を詩化せしむるものにして、死生の際が人情の極致を発露する如く、戦争は実に、国民品性の極致を発露すべきものなれば也。死生の際が人情の極致を発露する時なりとして詩歌に、小説に、美文に・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・禅宗の味噌すり坊主のいわゆる脊梁骨を提起した姿勢になって、「そんな無茶なことを云い出しては人迷わせだヨ。腕で無くって何で芸術が出来る。まして君なぞ既にいい腕になっているのだもの、いよいよ腕を磨くべしだネ。」 戦闘が開始されたようなも・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ここで万物死生の大論を担ぎ出さなけりゃならないが、実は新聞なんぞにかけるような小さな話しではなし一朝一夕の座談に尽る事ではないから、少しチョッピリにしておくよ。一体死とはなんだ、僕は世界に死というような愚を極めた言語があるのが癪にさわる。馬・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・ 女の唇は堅く結ばれ、その眼は重々しく静かに据り、その姿勢はきっと正され、その面は深く沈める必死の勇気に満されたり。男は萎れきったる様子になりて、「マア、聞きてえとおもってもらおう。おらあ汝の運は汝に任せてえ、おらが横車を云おう気は・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・郷土的な市民に君臨するようになったか、市民が其等の勢力を中心として結束して自己等の生活を安固幸福にするのを悦んだためであるか、何時となく自治制度様のものが成立つに至って、市内の豪家鉅商の幾人かの一団に市政を頼むようになった。木戸木戸の権威を・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
第一章 死生第二章 運命第三章 道徳―罪悪第四章 半生の回顧第五章 獄中の回顧 第一章 死生 一 わたくしは、死刑に処せらるべく、いま東京監獄の一室に拘禁さ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫