・・・現に死刑の行われた夜、判事、検事、弁護士、看守、死刑執行人、教誨師等は四十八時間熟睡したそうである。その上皆夢の中に、天国の門を見たそうである。天国は彼等の話によると、封建時代の城に似たデパアトメント・ストアらしい。 ついでに蟹の死んだ・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・おれは前の法勝寺の執行じゃ。兵仗の道は知る筈がない。が、天下は思いのほか、おれの議論に応ずるかも知れぬ。――高平太はそこを恐れているのじゃ。おれはこう考えたら、苦笑せずにはいられなかった。山門や源氏の侍どもに、都合の好い議論を拵えるのは、西・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・しかも偽証罪を犯した為に執行猶予中の体になっていた。けれども僕を不安にしたのは彼の自殺したことよりも僕の東京へ帰る度に必ず火の燃えるのを見たことだった。僕は或は汽車の中から山を焼いている火を見たり、或は又自動車の中から常磐橋界隈の火事を見た・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・もう刑の執行より外は残っていない。 死である。 この刹那には、この場にありあわしただけの人が皆同じ感じに支配せられている。どうして、この黒い上衣を着て、シルクハットを被った二十人の男が、この意識して、生きた目で、自分達を見ている、生・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ が、ただここに、あらゆる罪科、一切の制裁の中に、私が最も苦痛を感ずるのは、この革鞄と、袖と、令嬢とともに、私が連れられて、膝行して当日の婿君の前に参る事です。 絞罪より、斬首より、その極刑をお撰びなさるが宜しい。 途中、田畝道・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・生命がけで、描いて文部省の展覧会で、平つくばって、可いか、洋服の膝を膨らまして膝行ってな、いい図じゃないぜ、審査所のお玄関で頓首再拝と仕った奴を、紙鉄砲で、ポンと撥ねられて、ぎゃふんとまいった。それでさえ怒り得ないで、悄々と杖に縋って背負っ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・それで、第一審の判決は大体の想像では、みんな半年位ずつ減って、上田と大川は執行猶予になるだろうということだった。上田のお母アはすっかり喜んで、お前の母にもあまりひどい事は云わなくなってきた。 判決の日に、みんな隣りの地方裁判所のあるH市・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・我は花にして花作り、我は傷にして刃、打つ掌にして打たるる頬、四肢にして拷問車、死刑囚にして死刑執行人。それでは、かなわぬ。むべなるかな、君を、作中人物的作家よと称して、扇のかげ、ひそかに苦笑をかわす宗匠作家このごろ更に数をましている有様。し・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・それから主人の迎附けがあって、その案内に従い茶席におそるおそる躙り入るのであるが、入席したらまず第一に、釜の前に至り炉ならびに釜をつくづくと拝見して歎息をもらし、それから床の間の前に膝行して、床の掛軸を見上げ見下し、さらに大きく溜息をついて・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・そのかわりに儀式の進行順序や執行者の姓名等は正確に記載されるのが、通例ではなくとも、少なくも理想でありまた可能でもある。ところがこれをニュース映画で見ると、儀式のプログラムの全体としての構成次第などはよくわからず、演説したり挨拶したりする人・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
出典:青空文庫