・・・それには勿論同輩の嫉妬や羨望も交っていた。が、彼を推挙した内藤三左衛門の身になって見ると、綱利の手前へ対しても黙っている訳には行かなかった。そこで彼は甚太夫を呼んで、「ああ云う見苦しい負を取られては、拙者の眼がね違いばかりではすまされぬ。改・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・田園的嫉妬の表白としてさもあらんとは思わるれども、この間に割愛せざるべからざる数行と言うことです。 前に書いた「な」の字さんの知っているのはちょうどこの頃の半之丞でしょう。当時まだ小学校の生徒だった「な」の字さんは半之丞と一しょに釣に行・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・が、彼等は――少くとも妻は、僕のこう云う素振りに感づくと、僕が今まで彼等の関係を知らずにいて、その頃やっと気がついたものだから、嫉妬に駆られ出したとでも解釈してしまったらしい。従って僕の妻は、それ以来僕に対して、敵意のある監視を加え始めた。・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・仁右衛門は川森の言葉を聞きながら帳場の姿を見守っていたが、やがてそれが佐藤の小屋に消えると、突然馬鹿らしいほど深い嫉妬が頭を襲って来た。彼れはかっと喉をからして痰を地べたにいやというほどはきつけた。 夫婦きりになると二人はまた別々になっ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・フランシスを弁護する人がありでもすると、嫉妬を感じないではいられないほど好意を持ち出した。その時からクララは凡ての縁談を顧みなくなった。フォルテブラッチョ家との婚約を父が承諾した時でも、クララは一応辞退しただけで、跡は成行きにまかせていた。・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・可哀相でね、お金子を遣って旅籠屋を世話するとね、逗留をして帰らないから、旦那は不断女にかけると狂人のような嫉妬やきだし、相場師と云うのが博徒でね、命知らずの破落戸の子分は多し、知れると面倒だから、次の宿まで、おいでなさいって因果を含めて、…・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・なにしろ、私の画が突刎ねられたように口惜かった。嫉妬だ、そねみだ、自棄なんです。――私は鷭になったんだ。――鷭が命乞いに来た、と思って堪えてくれ、お澄さん、堪忍してくれたまえ。いまは、勘定があるばかりだ、ここの勘定に心配はないが、そのほかは・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ただならざるを知りながら、あたかも渠に魅入たらんごとく、進退隙なく附絡いて、遂にお通と謙三郎とが既に成立せる恋を破りて、おのれ犠牲を得たりしにもかかわらず、従兄妹同士が恋愛のいかに強きかを知れるより、嫉妬のあまり、奸淫の念を節し、当初婚姻の・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・一体お増はごく人のよい親切な女で、僕と民子が目の前で仲好い風をすると、嫉妬心を起すけれど、もとより執念深い性でないから、民子が一人になれば民子と仲が好く、僕が一人になれば僕を大騒ぎするのである。 それからなおお増は、僕が居ない跡で民子が・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・たときには、一方ではまたたいへんに損をするというようなぐあいで、みんなの気持ちがいつも一つではなかったから、怒るものもあれば、また喜ぶものがあり、中には泣くものまた笑うものがあるというふうで、その間に嫉妬、嘲罵の絶える暇もなかったのでありま・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
出典:青空文庫