・・・要らない脂肪が多過ぎる。それでも、自分は、ご存じ無い。実に滑稽奇怪の形で、しゃなりしゃなりと歩いている。男の作家の創造した女性は、所詮、その作家の不思議な女装の姿である。女では無いのだ。どこかに男の「精神」が在る。ところが女は、かえってその・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・もう記憶も薄れている程なのですが、おひとりは、何でも、帝大の法科を出たばかりの、お坊ちゃんで外交官志望とやら聞きました。お写真も拝見しました。楽天家らしい晴やかな顔をしていました。これは、池袋の大姉さんの御推薦でした。もうひとりのお方は、父・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・ その、ヒッポの子、ネロが三歳の春を迎えて、ブラゼンバートは石榴を種子ごと食って、激烈の腹痛に襲われ、呻吟転輾の果死亡した。アグリパイナは折しも朝の入浴中なりしを、その死の確報に接し、ものも言わずに浴場から躍り出て、濡れた裸体に白布一枚・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ いままで書いて来たところを読みかえそうと思ったのであるが、それは、やめて、私の一友人が四五日まえ急に死亡したのであるが、そのことに就いて、ほんの少し書いてみる。私は、この友人を大事に、大事にしていた。気がひけて、これは言い難い言葉・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・曰く、死亡広告である。羽左衛門が疎開先で死んだという小さい記事は嘘でなかった。 サロンは、その戦時日本の新聞よりもまだ悪い。そこでは、人の生死さえ出鱈目である。太宰などは、サロンに於いて幾度か死亡、あるいは転身あるいは没落を広告せられた・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・肉体ノ死亡デアル。キミノ仕事ノコルヤ、ワレノ仕事ノコルヤ。不滅ノ真理ハ微笑ンデ教エル、「一長一短。」ケサ、快晴、ハネ起キテ、マコト、スパルタノ愛情、君ノ右頬ヲ二ツ、マタ三ツ、強ク打ツ。他意ナシ。林房雄トイウ名ノ一陣涼風ニソソノカサレ、浮カレ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・女は天性、その肉体の脂肪に依り、よく浮いて、水泳にたくみの物であるという。 教訓。「女性は、たしなみを忘れてはならぬ。」 太宰治 「女人訓戒」
・・・流水濁らず、奔湍腐らず、御心境日々に新たなる事こそ、貴殿の如き芸術家志望の者には望ましく被存候。茶会御出席に依り御心魂の新粧をも期し得べく、決してむだの事には無之、まずは欣然御応諾当然と心得申者に御座候。頓首。 ことしの夏、私は、このよ・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・そこいらの漁師の神さんが鮪を料理するよりも鮮やかな手ぶりで一匹の海豹を解きほごすのであるが、その場面の中でこの動物の皮下に蓄積された真白な脂肪の厚い層を掻き取りかき落すところを見ていた時、この民族の生活のいかに乏しいものであるかということ、・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・それで、何かしら一つ仕事をすれば学位が必ずとれるとなれば志望者も自ずから増すであろう。あの男が取れるならおれでも取れるという人もあるかもしれない。その結果は研究者の増加を促し翻っては一国の学術研究熱を鼓吹することになるであろう。これに反して・・・ 寺田寅彦 「学位について」
出典:青空文庫