・・・が、この日本に住んでいる内に、私はおいおい私の使命が、どのくらい難いかを知り始めました。この国には山にも森にも、あるいは家々の並んだ町にも、何か不思議な力が潜んで居ります。そうしてそれが冥々の中に、私の使命を妨げて居ります。さもなければ私は・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・づけにして指名した。勿論すぐに席を離れて、訳読して見ろと云う相図である。そこでその生徒は立ち上って、ロビンソン・クルウソオか何かの一節を、東京の中学生に特有な、気の利いた調子で訳読した。それをまた毛利先生は、時々紫の襟飾へ手をやりながら、誤・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・四 沼南は廃娼を最後の使命として闘った。が、若い時には相応に折花攀柳の風流に遊んだものだ。その時代の沼南の消息は易簀当時多くの新聞に伝えられた。十年前だった、塚原靖島田三郎合訳と署した代数学だか幾何学だかを偶然或る古本屋で見・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 善良な理髪師の如く、善良な靴匠の如く、私は、また真実な一文筆者として使命を果たしたいと思っています。幸に、男子にとって、厄年である四十三も、無事に過ぎたことを祝福します。――十三年十二月――・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
・・・芸術の使命が、宗教や、教育と、相俟ってこゝに目的を有するのは言うまでもないことです。 一人の心から、他の心へ、一人の良心から、他の良心へと波動を打って、民衆の中にはいって行くものが、真の芸術です。そこに、精神の自由の下に、人格の改善が行・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・いやしくも、それ等の芸術に依拠して、真の美感を与えよく芸術の使命を果すものありとすれば、それは、たしかに天才の仕事でなければならぬ。私達は、かゝる芸術の存在理由をも、効果をも疑うものでないが、芸術は、創造であり、個的でなければならぬところに・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・詩の使命を知るものは、童話が、いかに、この人生に重大な位置にあるかを考えるでありましょう。 新人生建設のために、私達は、新芸術の使命と権威を考えなくてはならない。 小川未明 「『小さな草と太陽』序」
・・・そして、かゝる情操の素因をつくるものこそ、実に文芸の使命であり、人格的教育のたまものと考えています。殊に、文芸の必要なるべきは、少年期の間であって、すでに成人に達すれば、娯楽として文芸を求むるにすぎません。しからざれば、趣味としてにとゞまり・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・ 六 医者が今日日の暮までがどうもと小首をひねった危篤の新造は、注射の薬力に辛くも一縷の死命を支えている。夜は十二時一時と次第に深けわたる中に、妻のお光を始め、父の新五郎に弟夫婦、ほかに親内の者二人と雇い婆と、合わせ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ところが自由寮には自治委員会という機関があって、委員には上級生がなっていたが、しかしこの委員は寮生間の互選ではなく、学校当局から指命されており、噂によれば寮生の思想傾向や行動を監視して、いかがわしい寮生を見つけると、学校当局へ報告するいわば・・・ 織田作之助 「髪」
出典:青空文庫