・・・そこで咄嗟に、戦争に関係した奇抜な逸話を予想しながら、その紙面へ眼をやると、果してそこには、日本の新聞口調に直すとこんな記事が、四角な字ばかりで物々しく掲げてあった。 ――街の剃頭店主人、何小二なる者は、日清戦争に出征して、屡々勲功を顕・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・するとその時夕刊の紙面に落ちていた外光が、突然電燈の光に変って、刷の悪い何欄かの活字が意外な位鮮に私の眼の前へ浮んで来た。云うまでもなく汽車は今、横須賀線に多い隧道の最初のそれへはいったのである。 しかしその電燈の光に照らされた夕刊の紙・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・息もつかず、もうもうと四面の壁の息を吸って昇るのが草いきれに包まれながら、性の知れない、魔ものの胴中を、くり抜きに、うろついている心地がするので、たださえ心臓の苦しいのが、悪酔に嘔気がついた。身悶えをすれば吐きそうだから、引返して階下へ抜け・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・殆んど紙面の美観を台なしにしてしまうほどの、尨大かつあくどい広告のおかげだ。もっとも年がら年中医者の攻撃ばかしやっていたわけではない。 そんな芸なしのおれではなかった。…… ――其の後、売薬規則の改備によって、医師の誹謗が禁じら・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・あいにくと、世にもまれに見る可憐な少年の写真が、ある日の紙面の一隅に大きく掲げてあった。評判の一太だ。美しい少年の生前の面影はまた、いっそうその死をあわれに見せていた。 末子やお徳は茶の間に集まって、その日の新聞をひろげていた。そこへ三・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・批評は紙面のひだりの隅に小さく組まれていた。 ――この小説は徹頭徹尾、観念的である。肉体のある人物がひとりとして描かれていない。すべて、すり硝子越しに見えるゆがんだ影法師である。殊に主人公の思いあがった奇々怪々の言動は、落丁の多いエンサ・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・ 戦時日本の新聞の全紙面に於いて、一つとして信じられるような記事は無かったが、(しかし、私たちはそれを無理に信じて、死ぬつもりでいた。親が破産しかかって、せっぱつまり、見えすいたつらい嘘たしかに全部、苦しい言いつくろいの記事ばかりであっ・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・うしろむきのペリカンを紙面の隅に大きく写しながら、「馬場がむかし、滝廉太郎という匿名で荒城の月という曲を作って、その一切の権利を山田耕筰に三千円で売りつけた」「それが、あの、有名な荒城の月ですか?」私の胸は躍った。「嘘ですよ」一陣の・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
この「東北文学」という雑誌の貴重な紙面の端をわずか拝借して申し上げます。どうして特にこの「東北文学」という雑誌の紙面をお借りするかというと、それには次のような理由があるのです。 この「東北文学」という雑誌は、ご承知の如・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・ 山岸外史氏来訪。四面そ歌だね、と私が言うと、いや、二面そ歌くらいだ、と訂正した。美しく笑っていた。 月 日。 語らざれば、うれい無きに似たり、とか。ぜひとも、聞いてもらいたいことがあります。いや、もういいのです。ただ、――・・・ 太宰治 「悶悶日記」
出典:青空文庫