・・・ 田代君はあらゆる蒐集家に共通な矜誇の微笑を浮べながら、卓子の上の麻利耶観音と私の顔とを見比べて、もう一度こう繰返した。「これは珍品ですね。が、何だかこの顔は、無気味な所があるようじゃありませんか。」「円満具足の相好とは行きませ・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・自分は最後の試みとして、両肥及び平戸天草の諸島を遍歴して、古文書の蒐集に従事した結果、偶然手に入れた文禄年間の MSS. 中から、ついに「さまよえる猶太人」に関する伝説を発見する事が出来た。その古文書の鑑定その他に関しては、今ここに叙説して・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・のみならず翁は蒐集家です。しかし家蔵の墨妙の中でも、黄金二十鎰に換えたという、李営丘の山陰泛雪図でさえ、秋山図の神趣に比べると、遜色のあるのを免れません。ですから翁は蒐集家としても、この稀代の黄一峯が欲しくてたまらなくなったのです。 そ・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・震災以来は身体の弱い為もあったでしょうが蒐集癖は大分薄らいだようです。最後に会ったのはたしか四五月頃でしたか、新橋演舞場の廊下で誰か後から僕の名を呼ぶのでふり返って見ても暫く誰だか分らなかった。あの大きな身体の人が非常に痩せて小さくなって顔・・・ 芥川竜之介 「夏目先生と滝田さん」
・・・十二 終焉及び内外人の椿岳蒐集熱 椿岳は余り旅行しなかった。晩年大河内子爵のお伴をして俗に柘植黙で通ってる千家の茶人と、同気相求める三人の変物揃いで東海道を膝栗毛の気散じな旅をした。天龍まで来ると川留で、半分落ちた橋の上で座・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・鴎外の賛成を得て話は着々進行しそうであったが、好書家ナンテものは蒐集には極めて熱心であっても、展覧会ナゾは気紛れに思立っても皆ブショウだからその計画も捗取らないでとうとう実現されなかった。(この咄については『明星』掲載当時或る知人から誤解で・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・り 夭桃満面好手姿 丶大名士頭を回せば即ち神仙 卓は飛ぶ関左跡飄然 鞋花笠雪三千里 雨に沐し風に梳る数十年 縦ひ妖魔をして障碍を成さしむるも 古仏因縁を証する無かるべけん 明珠八顆都て収拾す 想ふ汝が心光地に凭て円きを ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・そして世におのずから骨董の好きな人があるので、骨董を売買するいわゆる骨董屋を生じ、骨董の目ききをする人、即ち鑑定家も出来、大は博物館、美術館から、小は古郵便券、マッチの貼紙の蒐集家まで、骨董畠が世界各国都鄙到るところに開かれて存在しているよ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・唐桟、角帯、紺の腹掛、白線の制帽、白手袋、もはや収拾つかないごたごたの満艦飾です。そんな不思議な時代が、人間一生のあいだに、一時は在るものではないでしょうか。なんだか、まるで夢中なのです。持ち物全部を身につけなければ、気がすまぬのです。カシ・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・組織は、ふたたび収拾し能わぬほどの大混乱、火事よりも雷よりも、くらべものにならぬほどの一種凄烈のごったがえし。それらの光景は、私にとって、手にのせて見るよりも確実であった。キャップの裏切。逃走。そのうえに、海野三千雄のにせ者の一件が大手をひ・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫