・・・ 汽車の時間を計って出たにかかわらず、月に浮かれて余りブラブラしていたので、停車場でベルが鳴った。周章てて急坂を駈下りて転がるように停車場に飛込みざま切符を買った処へ、終列車が地響き打って突進して来た。ブリッジを渡る暇もないのでレールを・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・まして私たちが実存主義作家などというレッテルを貼られるとすれば、むしろ周章狼狽するか、大袈裟なことをいうな、日本では抒情詩人の荷風でもペシミズムの冷酷な作家で通るのだから、随分大袈裟だねと苦笑せざるを得ない。だいいち、日本には実存主義哲学な・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・「今隣へはいりかけたんだよ」「浮気者! おビール……?」「周章者と言って貰いたいね。うん、ビールだ。あはは……」 私は軽薄な笑い声を立てながら、コップに注がれたビールを飲もうとすると、マダムは私の手を押えて、その中へブランデ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・てみたのですが、大いに努力して百枚ちかく書きすすめて、いよいよ今明日のうちに完成だという秋の夕暮、局の仕事もすんで、銭湯へ行き、お湯にあたたまりながら、今夜これから最後の章を書くにあたり、オネーギンの終章のような、あんなふうの華やかな悲しみ・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・ 一編の終章にはやはり熱帯の白日に照らされた砂漠が展開される。その果てなき地平線のただ中をさして一隊の兵士が進む。前と同じ単調な太鼓とラッパの音がだんだんに遠くなって行く。野羊を引きふろしき包みを肩にしたはだしの土人の女の一群がそのあと・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ しかしこのできるはずのことがなかなか容易にできないのは多くの場合に群集が周章狼狽するためであって、その周章狼狽は畢竟火災の伝播に関する科学的知識の欠乏から来るのであろう。火がおよそいかなる速度でいかなる方向に燃え広がる傾向があるか、煙・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ 一方で高倉テル氏をつかまえ自由を剥奪し、ハンストを行わせるまでにしながらかくすよりあらわるるはなしで、こんなくだらないことでこれほど民自党を周章狼狽させた泉山蔵相は現代のカリカチュアです。 山下春江代議士の日ごろの態度にもすきがあ・・・ 宮本百合子 「泉山問題について」
・・・けれども、現実の結果は、彼等の心配、周章の証人となったわけである。 メーデー警戒で、看守は四十八時間勤務をさせられている。今年のメーデーは特別神経過敏で、警官を半数ずつトラックに載せて一時間おきにつみかえ、待機するようにという説があった・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・一九三五年の早春のパリ事件の本質が、フランスの人民の国を愛す心と別に五年後にフランスを敗れさせるに到った深刻な事情について、モーロアの多弁は些かも説明し得ない。終章のモラルも、ジェスチュアが目立って甘たるい。 例えば、このひろく読まれた・・・ 宮本百合子 「今日の作家と読者」
・・・彼の国と指差しながら、周章ふためいて、喚きながら馳けずり廻らないでも好いのではございますまいか。 矢鱈に興奮許りしても、人間の魂が浄められるものでもございますまい。 人間を創る者は人間でございます。創った人間を量る者も亦、人間でござ・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫