・・・あの種子はどうしたのだろうね。」 二郎さんは日の光に、銀色にかがやいているゆりを見ていいました。「お父さんが、田舎から、持っていらしたのだ。」と、太郎さんが教えました。「山へいくとたくさん咲いているのだろうね。田舎へいってみたい・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
・・・この種の読物こそ、階級闘争の種子を蒔き、その激化を将来に誘発する因となるものです。 すべて、人間は、良心ある生活を送らなければならぬ。そして正直に生きなければならぬ。また、愛し扶け合わなければならぬし、正義のためには自己を犠牲にして戦わ・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・ただ地図を見てではこんな空想は浮かばないから、必要欠くべからざるという功績だけはあるが……多分そんな趣旨だったね。ご高説だったが……「――君は僕の気を悪くしようと思っているのか。そう言えば君の顔は僕が毎晩夢のなかで大声をあげて追払うえび・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・鳩は麦の種子を食う。金肥えの鰊粕を食う。鳩を追う。が、人がいなくなると、鳩はまたやって来る。「くそッ!」 米吉は、とうとうカンシャク玉を破裂さした、生活の糧まで食われるという法はなかった。古い猟銃を持ち出して、散弾をこめた。引鉄を握・・・ 黒島伝治 「名勝地帯」
・・・ その四 ちょうどその日は樽の代り目で、前の樽の口のと異った品ではあるが、同じ価の、同じ土地で出来た、しかも質は少し佳い位のものであるという酒店の挨拶を聞いて、もしや叱責の種子にはなるまいかと鬼胎を抱くこと大方ならず、か・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・けれども、一粒の種子は、確実に残して置きたい。こんな男もいたという事を、はっきり書いて残して置きたい。 君は、だらしが無い。旅行をなさるそうですが、それもよかろう。君に今、一ばん欠けているものは、学問でもなければお金でもない。勇気です。・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・さて、この暗黒の時に当り、毎月いちど、このご結構のサロンに集い、一人一題、世にも幸福の物語を囁き交わさむとの御趣旨、ちかごろ聞かぬ御卓見、私たのまれもせぬに御一同に代り、あらためて主催者側へお礼を申し、合せてこの会、以後休みなくひらかれます・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ その、ヒッポの子、ネロが三歳の春を迎えて、ブラゼンバートは石榴を種子ごと食って、激烈の腹痛に襲われ、呻吟転輾の果死亡した。アグリパイナは折しも朝の入浴中なりしを、その死の確報に接し、ものも言わずに浴場から躍り出て、濡れた裸体に白布一枚・・・ 太宰治 「古典風」
・・・まことにこの利休居士、豊太閤に仕えてはじめて草畧の茶を開き、この時よりして茶道大いに本朝に行われ、名門豪戸競うて之を玩味し給うとは雖も、その趣旨たるや、みだりに重宝珍器を羅列して豪奢を誇るの顰に傚わず、閑雅の草庵に席を設けて巧みに新古精粗の・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・そうでない場合でも、何かしら考える事の種子くらいにはならない事はあるまい。 余談はさておき、この書物の一章にアインシュタインの教育に関する意見を紹介論評したものがある。これは多くの人に色々な意味で色々な向きの興味があると思われるから、そ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫