・・・まだ若く研究に劫の経ない行一は、その性質にも似ず、首尾不首尾の波に支配されるのだ。夜、寝つけない頭のなかで、信子がきっと取返しがつかなくなる思いに苦しんだ。それに屈服する。それが行一にはもう取返しのつかぬことに思えた。「バッタバッタバッ・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 自体拙者は気に入らないので、頻りと止めてみたが、もともと強情我慢な母親、妹は我儘者、母に甘やかされて育てられ、三絃まで仕込まれて自堕落者に首尾よく成りおおせた女。お前たちの厄介にさえならなければ可かろうとの挨拶で、頭から自分の注意は取・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ かくてその歳も暮れ、二十八年の春になって、彼は首尾よく工手学校の夜学部に入学しえたのである。 かつ問いかつ聞いているうちに夕暮近くなった。「飯を食いに行こう!」と桂は突然いって、机の抽斗から手早く蟇口を取りだして懐へ入れた。・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ 五 吉永の中隊は、大隊から分れて、イイシへ守備に行くことになった。 HとSとの間に、かなり広汎な区域に亘って、森林地帯があった。そこには山があり、大きな谷があった。森林の中を貫いて、河が流ていた。そのあたりの地理は・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・それから二時間たって、現場から四十八粁距ったここで守備隊の出発防備隊の召集ときているんだ。なかなか順序がよすぎるじゃないか、とても早すぎる。が、その背後にどんな計画があったか、それは君の想像にまかせる。 防備隊というのは兵隊じゃない普通・・・ 黒島伝治 「防備隊」
・・・易なんぞというものは感心な奴で、初爻と上爻とが首尾相呼んでぐるぐるとデングリカエシをやッて螺線を描いて六十四卦だけにコロガリころがッて実はまだいくらにでもコロガリ出すことが出来るのサ。ダカラ甘く天地を包含したようの事を示せるのサ。又人間の心・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・と小春お夏を跳ね飛ばし泣けるなら泣けと悪ッぽく出たのが直打となりそれまで拝見すれば女冥加と手の内見えたの格をもってむずかしいところへ理をつけたも実は敵を木戸近く引き入れさんざんじらしぬいた上のにわかの首尾千破屋を学んだ秋子の流眄に俊雄はすこ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・それは、北海派遣××部隊から発せられたお便りであって、受け取った時には、私はその××部隊こそ、アッツ島守備の尊い部隊だという事などは知る由も無いし、また、たといアッツ島とは知っていても、その後の玉砕を予感できるわけは無いのであるから、私はそ・・・ 太宰治 「散華」
・・・日本、古来ノコノ日常語ガ、スベテヲ語リツクシテイル。首尾ノ一貫、秩序整然。ケサノコノ走リ書モマタ、純粋ノ主観的表白ニアラザルコトハ、皆様承知。プンクト、ナドノ君ノ気持チト思イ合セヨ。急ニ書キタクナクナッタ。 スベテノ言、正シク、スベテノ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・そうして、その小説にはゆるぎなき首尾が完備してあって、――私もまた、そのような、小説らしい小説を書こうとしていた。私の中学時代からの一友人が、このごろ、洋装の細君をもらったのであるが、それは、狐なのである。化けているのだ。私にはそれがよくわ・・・ 太宰治 「めくら草紙」
出典:青空文庫