・・・一郎はきのどくになって、「さあ、なかなか、ぶんしょうがうまいようでしたよ。」と言いますと、男はよろこんで、息をはあはあして、耳のあたりまでまっ赤になり、きもののえりをひろげて、風をからだに入れながら、「あの字もなかなかうまいか。・・・ 宮沢賢治 「どんぐりと山猫」
・・・ ――今更そんなものいくら見たってしょうがありゃしませんよ。今日では英国人自身が紳士なんて言葉は便所にしか役に立ってないって云ってる位だもの。……ああ云うところはね、小さいうちから、お前達は特別な人間だぞ、と思い込まして特殊な支配者を養・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・ 僕はこんな事を考えて、鮓を食ってしまった跡に、生姜のへがしたのが残っている半紙を手に持ったまま、ぼんやりしてやはり二人の方を見ていた。その時一人の世話人らしい男が、飾磨屋の傍へ来て何かくと、これまで殆ど人形のように動かずにいた飾磨屋が・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・「こんなもの、五月蠅うてしょうがないが。」 勘次は安次のう容子を見るとまた不快になった。そのまま内庭へ這入って行って叺を下ろすと、流し元にいたお霜が嶮しい顔をして彼の傍へ寄って来た。「お前まアどうするつもりや、あんな者連れ込んで・・・ 横光利一 「南北」
・・・早く来たくって来たくって、しょうがなかったんだけど、皆家のものが病気ばかりしていてね。」 彼は手紙に書かなかった妻の病状をもう母親に話す気は起らなかった。彼は妻を母親に渡しておいてひとり日光室へ来た。日光室のガラスの中では、朝の患者たち・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫