・・・晩の御馳走は、蛙の焼串、小さい子供の指を詰めた蝮の皮、天狗茸と二十日鼠のしめった鼻と青虫の五臓とで作ったサラダ、飲み物は、沼の女の作った青みどろのお酒と、墓穴から出来る硝酸酒とでした。錆びた釘と教会の窓ガラスとが食後のお菓子でした。王子は、・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・数年前の統計によるとフィルムの生産高の数字においてはわが国ははるかにフランスやドイツを凌駕しているようであるが、これらの映画の品等においてはどうであるか。たくさんの邦産映画の中には相当なものもあるかもしれないが、自分の見た範囲では遺憾ながら・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・今まで注意を集注していた研究事項の内容がひとかたまりになって頭の中にへばりついたようなぐあいになってそれがなかなか消散しない。用がすんだら弛緩してもいいはずの緊張が強直の状態になってそれが夜までも持続して安眠を妨げるようなことがおりおりある・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・しかしこれらは科学の産み出した生産物であって学そのものとは区別さるべきものであろう。また通俗科学雑誌のページと口絵をにぎわすものの大部分は科学的商品の引き札であったり、科学界の三面記事のごときものである。人間霊知の作品としての「学」の一部を・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・大地震が襲来して数万の生霊が消散した後にその地震が当然来るはずであった事が論ぜられたりするのは事実である。 しかし必ずしもそうではないようである。学者がその仕事を「仕上げる」には長い月日を要するのは普通であるが、仕事をつかまえ、「仕留め・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・人間の場合においては、球技を職業とする人は格別、普通にはとにかく不生産的の遊戯であり、日常生活の営みからの臨時転向である。こう思ってしまえば誠に簡単であるが、自分にはどうもそうばかりとは思われない。人間が色々な球を弄ぶことに興味を感じるのに・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・戦争のためにできたらしい小工場が至るところに小規模な生産をやっている。ともかくも自分の子供の時にはみんな貴重な舶来物であった品物が、ちゃんとここらのこんな見すぼらしい工場でできてきれいなラベルなどをはられて市場に出てくるのであろう。それだけ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・おもしろいことには、噴出の始まったころは火山の頂をおおっていた雲がまもなく消散して山頂がはっきり見えて来たそうである。偶然の一致かもしれないが爆発の影響とも考えられないことはない。今後注意すべき現象の一つであろう。 グリーンホテルではこ・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・明るい銀座の灯が暗い空想を消散させた。 紫色のスウィートピーを囲んだ見合いらしいはなやかな晩餐の一団と、亀井戸への道を聞いた寒そうな父子との偶然な対照的な取り合わせが、こんな空想を生む機縁になったのかもしれない。丸の内の夜霧がさらにその・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・それはちょうど手ぬぐい浴衣もあればつづれ錦の丸帯もあると同様なわけであって、各種階級の購買者の需要を満足するようにそれぞれの生産者によって企図され製作されて出現し陳列されているに相違ない。 商品として見た書籍はいかなる種類の商品に属する・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
出典:青空文庫