・・・ 十六になる小女が、はいと云って敷居際に手をつかえる。自分はいきなり布団の上にある文鳥を握って、小女の前へ抛り出した。小女は俯向いて畳を眺めたまま黙っている。自分は、餌をやらないから、とうとう死んでしまったと云いながら、下女の顔を睥めつ・・・ 夏目漱石 「文鳥」
イーハトヴは一つの地名である。しいて、その地点を求むるならば、それは、大小クラウスたちの耕していた、野原や、少女アリスがたどった鏡の国と同じ世界の中、テパーンタール砂漠のはるかな北東、イヴン王国の遠い東と考えられる。じつ・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・ 一旦、托児所を出て往来を横切ると特別な工場学校の小門があって、十五六歳の少年少女がそこを活溌に出入している。入ったところの広場で一つの組が丁度体操をやっている。十七八人の男女の工場学校の生徒が六列に並んで、一人の生徒の指揮につれて手を・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・小さい餉台の上に赭い素焼の焜炉があり、そこへ小女が火をとっていた。一太は好奇心と期待を顔に現して、示されたところに坐った。「今じき何か出来るそうだが、それまでのつなぎに一つ珍らしいもんがあるよ」 その人は、焜炉の網に白い平べったい餅・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・林之助が訪ねて来た時、心に一杯の恨みと憤りとを持ちながらも、男が来たと知ると我知らず手をあげて髪をなおすしぐさの、如何にも中年のああ云う商売の女らしい重々しさと情緒を含んでいたところ、三幕目に行って、小女お君に蛇の使いかたを教える辺。最後に・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・ 書生と女中とに用を云いつける丈でも平常は引込んでばかり居る彼女には一仕事だったのに、下働きの小女を助けるものがないので午後からは流し場へ立ったっきりでした。 ナイフで大根の皮を剥いたり、揚物をしたり大きな前掛を背中まで掛けて碌に口・・・ 宮本百合子 「二月七日」
・・・これでは旅立ちの日を延ばさなくてはなるまいかと言って、女房と相談していると、そこへ小女が来て、「只今ご門の前へ乞食坊主がまいりまして、ご主人にお目にかかりたいと申しますがいかがいたしましょう」と言った。「ふん、坊主か」と言って閭はしばら・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・それから十五歳の時には、もう魚家の少女の詩と云うものが好事者の間に写し伝えられることがあったのである。 そう云う美しい女詩人が人を殺して獄に下ったのだから、当時世間の視聴を聳動したのも無理はない。 ―――――――――・・・ 森鴎外 「魚玄機」
・・・りよは十人並の容貌で、筋肉の引き締まった小女である。未亡人は頭痛持でこんな席へは稀にしか出て来ぬが、出て来ると、若し返討などに逢いはすまいかと云う心配ばかりして、果はどうしてこんな災難に遇ったことかと繰り返してくどくのであった。日が窪から来・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・石田は口入の上さんを呼んで、小女をもう一人傭いたいと云った。上さんが、そんなら内の娘をよこそうと云って帰った。 口入屋の娘が来た。年は十三で久というのである。色の真黒な子で、頗る不潔で、頗る行儀が悪い。翌朝五時ごろにぷっという妙な音がす・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫