・・・ その半町ばかり離れた所が、ちょうど寂しい石河岸の前で、上の方だけ西日に染まった、電柱のほかに何もない――そこに新蔵はしょんぼりと、夏外套の袖を合せて、足元を眺めながら、佇んでいました。が、やっと駈けつけた泰さんが、まだ胸が躍っていると・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・運送店の前にはもう二台の馬力があって、脚をつまだてるようにしょんぼりと立つ輓馬の鬣は、幾本かの鞭を下げたように雨によれて、その先きから水滴が絶えず落ちていた。馬の背からは水蒸気が立昇った。戸を開けて中に這入ると馬車追いを内職にする若い農夫が・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・もうどうしても遁れる途がないと覚悟をきめたものらしい。しょんぼりと泣きも得せずに突っ立ったそのまわりには、あらん限りの子供たちがぞろぞろと跟いて来て、皮肉な眼つきでその子供を鞭ちながら、その挙動の一つ一つを意地悪げに見やっていた。六つの子供・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ 五 我を忘れてお民は一気に、思い切っていいかけた、言の下に、あわれ水ならぬ灰にさえ、かず書くよりも果敢げに、しょんぼり肩を落したが、急に寂しい笑顔を上げた。「ほほほほほ、その気で沢山御馳走をして下さいまし。・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ お妻は石炭屑で黒くなり、枝炭のごとく、煤けた姑獲鳥のありさまで、おはぐろ溝の暗夜に立ち、刎橋をしょんぼりと、嬰児を抱いて小浜屋へ立帰る。……と、場所がよくない、そこらの口の悪いのが、日光がえりを、美術の淵源地、荘厳の廚子から影向した、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 今境内は人気勢もせぬ時、その井戸の片隅、分けても暗い中に、あたかも水から引上げられた体に、しょんぼり立った影法師が、本堂の正面に二三本燃え残った蝋燭の、横曇りした、七星の数の切れたように、たよりない明に幽に映った。 びしゃびしゃ…・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・物も言い得ないで、しょんぼりと悄れていた不憫な民さんの俤、どうして忘れることが出来よう。民さんを思うために神の怒りに触れて即座に打殺さるる様なことがあるとても僕には民さんを思わずに居られない。年をとっての後の考えから言えば、あアもしたらこう・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 子供は、しょんぼりとそこを立ち去りました。この哀れな有り様を見た若者は、群衆を憎らしく思いました。自分も困っていたのですけれど、まだわずかばかりの金を持っていましたので、その金の中から幾分かを、子供に恵んでやりました。子供は、たいそう・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・ このとき、煙突の傍らに、しょんぼりと立っていた一本の柳の木がありました。いままで黙って煙突のいうことを聞いていましたが、急に太陽に向かって、訴えるようにいいました。「お日さま、どうか私のいうことをお聞きください。私は、この寒さで、・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・ ひとりしょんぼりとして、太郎は家のまえに立っていましたが、畑には去年とりのこした野菜などが、新しくみどり色の芽をふきましたので、それを見ながら細い道を歩いていました。 すると、よい金の輪のふれあう音がして、ちょうどすずを鳴らすよう・・・ 小川未明 「金の輪」
出典:青空文庫