・・・妙な時刻に着いたものだと、しょんぼり佇んでいると、カンテラを振りまわしながら眠ったく駅の名をよんでいた駅員が、いきなり私の手から切符をひったくった。 乗って来た汽車をやり過してから、線路を越え、誰もいない改札口を出た。青いシェードを掛け・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・それほどしょんぼりした顔をしていたのです。浜子は新次が泣けば、かならずそれを私のせいにしました。それで、新次が中耳炎になって一日じゅう泣いていた時など、浜子の眼から逃げ廻るようにしていた私は、氷を買いにやらされたのをいいことに、いつまでも境・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・つて唇を三回盗まれたことがあり、体のことがなかったのは、たんに機会の問題だったと今さら口惜しがっている新ちゃんの肚の中などわからぬお君は、そんな詰問は腑に落ちかねたが、さすがに日焼けした顔に泛んでいるしょんぼりした表情を見ては、哀れを催した・・・ 織田作之助 「雨」
・・・「なんてしょんぼりしているんだろう」 肩の表情は痛いたしかった。「お帰り」「あ。お帰り」姑はなにか呆けているような貌だった。「疲れてますね。どうでした。見つかりましたか」「気の進まない家ばかりでした。あなたの方は……・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・頭髪を乱して、血の色のない顔をして、薄暗い洋燈の陰にしょんぼり坐っているこの時のお源の姿は随分憐な様であった。 其所へのっそり帰って来たのが亭主の磯吉である。お源は単直前借の金のことを訊いた。磯は黙って腹掛から財布を出してお源に渡した。・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・と、そこに、お里もしょんぼり立っていた。彼女は、歩くことまで他人に気兼しておび/\していた。自分の金で品物を買うのに買いようが少ないとか、粗末なものを買うとかで、他人に笑われやしないかと心配していた。金を払うのに古い一円札ばかり十円出すのだ・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・そこへおげんの三番目の弟に連れられて、しょんぼりと表口から入って来た人がある。この人が十年も他郷で流浪した揚句に、遠く自分の生れた家の方を指して、年をとってから帰って来たおげんの旦那だ。弟は養子の前にも旦那を連れて御辞儀に行き、おげんの前へ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ こう言って、しょんぼりしていました。馬はそれを聞いて、「これはあなたがあの二番目の羽根を拾ったばちです。しかし今度も私がよくして上げましょう。これからすぐに王さまのところへ行って、この前のような船と、同じ人数の水夫と、それからうじ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
千鳥の話は馬喰の娘のお長で始まる。小春の日の夕方、蒼ざめたお長は軒下へ蓆を敷いてしょんぼりと坐っている。干し列べた平茎には、もはや糸筋ほどの日影もささぬ。洋服で丘を上ってきたのは自分である。お長は例の泣きだしそうな目もとで・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・駅の前の広場、といっても、石ころと馬糞とガタ馬車二台、淋しい広場に私と大久保とが鞄をさげてしょんぼり立った。「来た! 来た!」大久保は絶叫した。 大きい男が、笑いながら町の方からやって来た。中畑さんである。中畑さんは、私の姿を見ても・・・ 太宰治 「帰去来」
出典:青空文庫