・・・大きくって親切らしいまじめな目や、小さくかがやくあいきょうのある子どもの目や、白目の多過ぎるおこったらしい目や、心の中まで見ぬきそうなすきのない目などがありました。またそこに死んでいるむすめをなつかしそうに打ち見やる、大きなやさしい母らしい・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・目の男は懐中に入れた樫のばちを取り出し、ちょっと調子をしらべる三の糸から直ぐチントンシャンと弾き出して、低い呂の声を咽喉へと呑み込んで、 あきイ――の夜と長く引張ったところで、つく息と共に汚い白眼をきょろりとさせ、仰向ける顔と共に首・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・小つまの連かと思ったら白眼みあいにすれ違った。ヤヤヤみイちャんじゃないか。今日はまアどうしたのだろう。みイちゃんに逢っては実に合す顔がない。みイちャんも言いたい事があるであろう。こちらも話したい事は山々あるが最う話しする事の出来ない身の上と・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ 毎朝の抜毛と、海と同じ様な碧色の黒みがかった様な色をした白眼の中にポッカリと瞳のただよって居る私の眼は、見るのが辛い様な気がする。 白眼が素直な白い色をして居ない者は「□(持」だと云うけれ共私もたしかにそうなのかもしれない。 ・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・ 十八で日に焼けた頬はうす黒いけれ共自然のまんまに育った純な心持をのこりなく表して居る、両方の眼は澄んで大きな瞳をかこんだ白眼は都会に育った人の様な青味を帯びては居なかった。 何の苦労と云う事も知らずに育った仙二は折々は都会のにぎや・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・男の児は両方の白眼を凝らすように気をいれて何か考えている風だったが、やがて、オリーヴ色のスウェタアから出ている小さな頭をふって、ちがうよ、と云った。ちがうじゃないか、ヤーホーじちちゃんが支那の兵隊さん、コツンしたんだよ。と云った。その児の母・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・ 今野が立膝をしたなり腹立たしげに、白眼をはっきりさせて云った。「ふむ!」 成程、こういう風な人の動かしかたを、万事につけてやるものであるか。自分は強くそう思った。何も説明せず、先はどうなるのか見当がつかないように小切って命令し・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・西条エリは、白眼のきわだった目のまわりに暗い暈のかかったような、素肌に袷を着たような姿を撮され、私はその写真からもこの若い女優が今度の事に関りあったことに対しまだきまらない世間の人気や批判を人知れず気にしているらしい窶れを感じ、哀れに思った・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・ 篤は千世子の濃い青味がかった白眼や髪の間から一寸のぞいて居る耳朶を見ながら誘われる様な気持にうす笑いをした。 笑いながら濃い長い髪が額へ落ちかかって来るのを平手で撫で上げ撫で上げしながら窓の外にしげる楓の若葉越しにせわしく動い・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 彼女の白眼は海の様に青く、頬の両傍から鼻にかけて妙にうるんできめの荒く赤がった皮膚がたるんで居るのは彼女の頭の工合の悪い時に限って表われる事なのです。 食堂に来て見ると母は珍らしくテーブルの傍に腰かけて忘れ物を仕た様な顔で頬杖を突・・・ 宮本百合子 「二月七日」
出典:青空文庫