・・・ 日華洋行の宿直室には、長椅子に寝ころんだ書記の今西が、余り明くない電燈の下に、新刊の雑誌を拡げていた。が、やがて手近の卓子の上へ、その雑誌をばたりと抛ると、大事そうに上衣の隠しから、一枚の写真をとり出した。そうしてそれを眺めながら、蒼・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・この人はタウンゼンド氏に比べると、時々は新刊書も覗いて見るらしい。現に学校の英語会に「最近の亜米利加の小説家」と云う大講演をやったこともある。もっともその講演によれば、最近の亜米利加の大小説家はロバアト・ルイズ・スティヴンソンかオオ・ヘンリ・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・ そう云う苦しい思いをして、やっと店をぬけ出したのは、まだ西日の照りつける、五時少し前でしたが、その時妙な事があったと云うのは、小僧の一人が揃えて出した日和下駄を突かけて、新刊書類の建看板が未に生乾きのペンキのにおいを漂わしている後から・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 脊丈のほども惟わるる、あの百日紅の樹の枝に、真黒な立烏帽子、鈍色に黄を交えた練衣に、水色のさしぬきした神官の姿一体。社殿の雪洞も早や影の届かぬ、暗夜の中に顕れたのが、やや屈みなりに腰を捻って、その百日紅の梢を覗いた、霧に朦朧と火が映っ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・具の光る、巨大な蜈むかでが、赤黒い雲の如く渦を巻いた真中に、俵藤太が、弓矢を挟んで身構えた暖簾が、ただ、男、女と上へ割って、柳湯、と白抜きのに懸替って、門の目印の柳と共に、枝垂れたようになって、折から森閑と風もない。 人通りも殆ど途絶え・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ が、炎天、人影も絶えた折から、父母の昼寝の夢を抜出した、神官の児であろうと紫玉は視た。ちらちら廻りつつ、廻りつつ、あちこちする。…… と、御手洗は高く、稚児は小さいので、下を伝うてまわりを廻るのが、さながら、石に刻んだ形が、噴溢れ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・……今日はこの新館のが湧きますから。」なるほど、雪の降りしきるなかに、ほんのりと湯の香が通う。洗面所の傍の西洋扉が湯殿らしい。この窓からも見える。新しく建て増した柱立てのまま、筵がこいにしたのもあり、足場を組んだ処があり、材木を積んだ納屋も・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・世界を震撼した仏国革命も正味は六七年間である。千七百八十九年の抑々の初めから革命終って拿破烈翁に統一せられた果が、竟にウワータールーの敗北に到るまでを数えても二十六年である。米国の独立戦争もレキシントンから巴黎条約までが七年間である。如何な・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 東京堂月報に拠ると昭和八年上半期の新刊書数は、実に二千四百余種に達しています。これに後半期を入れて一ヶ年にしたら、夥しき数に上るでありましょう。この点近代人が、木版、手摺の昔の出版界時代を幼穉に感ずるのも無理がありません。 し・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・未知の恋人同様、会わなければ会わないで、また心安らかであろう。新刊書が入手しにくくなったという苦情もきくが、しかし、入手し損って一生の損失になるようなそんな新刊書がどれくらいあろうか。噂だけきいて会うことの出来なかった恋人でも、いざ会うてみ・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
出典:青空文庫