・・・作者自身がそれによって最後を終った恋愛も、激しく震撼的ではあったであろうが、本質的にはある零落と呼び得る方向へ向って行く性質を帯びたものであった。しかし、当事者はそう思わず、主観的な歓喜と平安とを主張して終ったのであった。「或る女」・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・ 家の女や子供たちが昨日疎開して、家のぐるりは森閑とし空がひろびろと感じられる。 古雑誌のちぎれを何心なくとり上げたら、普仏戦争でパリの籠城のはじまった頃のゴンクールの日記があった。 道端で籠を下げた物うりが妙な貝を売っている。・・・ 宮本百合子 「折たく柴」
白いところに黒い大きい字でヴェルダンと書いたステーションへ降りた。あたりは実に森閑としていて、晩い秋のおだやかな小春日和のぬくもりが四辺の沈黙と白いステーションの建物とをつつんでいる。 ステーション前のホテルのなかも物・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・は震撼する感銘を与えたと思われる。 版画集「織匠」ができ上ったのはその芝居を観てから四年たった一八九七年である。ケーテはその間にベルリン郊外に住んでいたハウプトマンにも一度会いに行ったりしている。「織匠」の作者ハウプトマンがケーテからう・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・アンナの不幸を目にも心にもまざまざと描きつくした悲劇であるにかかわらず、私たちがそれを読んでいるときに受ける感動は美しくて、その震撼には不思議な甘美さがこめられている。この芸術の秘密は何だろう。すべてのすぐれた文学が、悲劇でさえも、その悲し・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・ただ。ただ新刊書を一まとめにして、丸善の棚みたいに並べてあるのではない。この本棚が、謂わば書籍購入相談所なのだ。経済なら、経済に関して読むべき本が一通りまとめ初歩的なものから高度なものまで並べてある。 党に関したものにしろ、ロシア共産党・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・国立出版所は、新刊書の配布網についてもっと研究するべきだ。そういうことは書いて来る。しかし、村の人々はどういう小説を読みたがっているか、またどの小説に対してどういう風に大衆的に批評したかというような綜合的な報告は概してすくない。自分は何々を・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ソヴェトの建設は一見平凡な工場生活、大した変化はないらしく見えるクラブの研究室、震撼的記事はない『プラウダ』の紙面のかげに、堅実にもりあがりつつある。革命とともに出発した作家たちは、一言で云えばありすぎる社会的課題に押されて、とりつき場を失・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・それは毎週一度ずつ開かれる詮衡委員会が新刊児童文学につけた成績表である。 ――赤いのが一番いい部です。紫、黒のになると他の図書館へは買いません。緑のは、私共自身にはっきりわからないのです。果して子供が面白がるか、理解するか、若しかすると・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・茶の間の方から、青竹を何本切らなければならぬ、榊を何本と、神官が指図をしている声がした。皆葬式の仕度だ。東京で一度葬式があった。この時、私は種々深い感じを受けた。二度目だけれども、やはりああいう声を聴くと侘しい水を打ったような心持を感じる。・・・ 宮本百合子 「この夏」
出典:青空文庫