・・・が、その一面プロレタリア文化団体は、小林多喜二の死によってうけた震撼と恐慌によって崩壊を早めつつあった。文学団体が機関誌さえも順調に刊行できず、団体解散の理由を、直接治安維持法の暴力によるものと明言し得ないで、指導者と指導理論の批判に藉口す・・・ 宮本百合子 「小林多喜二の今日における意義」
・・・ヨーロッパの天地は再び震撼しはじめているが、この前のように盲目の狂暴に陥るまいとする努力は到るところに見られており、男に代って社会活動の各部署についた婦人たちも、二十五年昔よりは高められている技能とともに単純なヒロイズムにのぼせていないもの・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
二ヵ月ばかり前の或る日、神田の大書店の新刊書台のあたりを歩いていたら、ふと「学生の生態」という本が眼に映った。おや、生態ばやりで、こんなジャーナリスティックな模倣があらわれていると半ば苦笑の心持もあってその本を手にとってみ・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・この間もある大きな新刊書を売る店で、その疑いをもった。セイラー服の少女が三四人で本を見ているのだが、その眼にも口元にも何の感興も動いていず、つよい好奇心のかげさえない。あの棚でちょっと一冊、この台でバラバラ、又あの台でバラバラ。そして流眄で・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
・・・いつも使っていない二階は不思議な一種の乾いた匂いが漂っていて、八畳の明るい座敷の方から隣の小部屋の一方には紫檀の本箱がつまっていて、艷よく光っていた。森閑としたなかでそうやって光っている本箱はやはりこわさを湛えていて、おじいさまの御本だよ、・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
十二月の中旬、祖母が没した。八十四歳の高齢であった。棺前祭のとき、神官が多勢来た。彼等の白羽二重の斎服が、さやさや鳴り拡がり、部屋一杯になった。主だった神官の一人がのりとを読んだ。中に、祖母が「その性高く雄々しく中條精一郎・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・空襲がはじまってから、どういうレイダアのお告げだったのか、藤堂さんのところに先ず爆弾がおちて、ほんの僅かの距離しかないうちのゆずり葉の下の壕にかがんでいた私を震撼させた。次の月には焼夷弾が落ちて、全焼してしまった。その火の粉は、うちの屋根に・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ 神官 八十を越して髪も真白になった神官はM氏と云った。 澄んだ眼と高い額とは神に仕えるにふさわしい崇尊さを顔に浮べて居た。 白い衣の衿は少しも汚れて居なかった。 しずかに落ついて話すべき時にのみ話した。・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・かく停ってしまう扇風機をもって土蔵の半地下室に向う低い窓から、必死に新しい空気を息子のために送ろうと努めた状況は、その手紙に生々しく描かれていて、遙な土地と新しい社会の空気の中にあって、それを読む娘を震撼させた。涙をふいては読み、読んでは涙・・・ 宮本百合子 「父の手紙」
・・・ そう思って、新刊書のおかれている網棚の方へ目を移そうとしたとき、入口わきの凹みに、横顔をこちらへ向けて小卓に向い、何か読んでいる一人の司書の老人に注意をひかれた。黒い上っぱりを着ている。袖口がくくられてふくらんでいる。その横顔の顎の骨・・・ 宮本百合子 「図書館」
出典:青空文庫