・・・そこにも、支配階級の立場と、当時の進取的な、いわゆる立身成功を企図したブルジョアイデオロギーの反映がある。「愛弟通信」を読み終って、これが、新聞への通信ということに制約されたにもよるのだろうが、戦闘ばかりでなく、戦闘から戦闘への間の無為・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・朝々の定まれる業なるべし、神主禰宜ら十人ばかり皆厳かに装束引きつくろいて祝詞をささぐ。宮柱太しく立てる神殿いと広く潔らなるに、此方より彼方へ二行に点しつらねたる御燈明の奥深く見えたる、祝詞の声のほがらかに澄みて聞えたる、胆にこたえ身に浸みて・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 按摩済む頃、袴を着けたる男また出で来りて、神酒を戴かるべしとて十三、四なる男の児に銚子酒杯取り持たせ、腥羶はなけれど式立ちたる膳部を据えてもてなす。ここは古昔より女のあることを許さねば、酌するものなどすべて男の児なるもなかなかにきびき・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・昔伊勢の国で冬咲の桜を見て夢庵が、冬咲くは神代も聞かぬ桜かな、と作ったのは、伊勢であったればこそで、かように本歌を取るが本意である、毛利大膳が神主ではあるまいし、と笑ったということである。紹巴もこの人には敵わない。光秀は紹巴に「天が下しる五・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・話がうますぎると思う。神主さんの、からくりではないかとさえ、疑いたくなるのである。 桜は、こぼれるように咲いていた。「散らず、散らずみ。」「いや、散りず、散りずみ。」「ちがいます。散りみ、散り、みず。」 みんな笑った。・・・ 太宰治 「春昼」
・・・あらゆる民族の中の勇敢な進取的な連中が自然に寄り集まってできた国だとすれば、日本は世界じゅうでいちばんえらい国でなければならないはずである。 それは疑問としてもその上にまだ山川風土でありとあらゆる多様のタイプを具備している。実際千島カラ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・過去の仕事のカタログを製したりするよりは、むしろ未来の仕事の種子の整理に骨折っているらしいのが、常に進取的なこの人の面目をよく表わしていて面白いと思う。 このようにしてこそ、彼のような学者は本当の仕事というものが出来るのではあるまいか。・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・山を歩いていてすべってころんで尻もちをついた拍子に、一握りの草をつかんだと思ったら、その草はいまだかつて知られざる新種であった。そういう事がたびたびあったというのである。読書の上手な人にもどうもこれに類した不思議なことがありそうに思われる。・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・ とにかく、こういうふうに考えて来ると現在のいろいろさまざまな新型式の中にはあるいは将来の新種として固定し存続する資格をもったものがあるかもしれないし、またその中の多くは自然淘汰で一代限りに死滅すべき運命をもっているかもしれない。しかし・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・曙覧、徳川時代の最後に出でて、始めて濶眼を開き、なるべく多くの新材料、新題目を取りて歌に入れたる達見は、趣味を千年の昔に求めてこれを目睫に失したる真淵、景樹を驚かすべく、進取の気ありて進み得ずししょしゅんじゅんとして姑息に陥りたる諸平、文雄・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫