・・・ 翌日あたりから、石田も役所へ出掛に、師団長、旅団長、師団の参謀長、歩兵の聯隊長、それから都督と都督部参謀長との宅位に名刺を出して、それで暑中見舞を済ませた。 時候は段々暑くなって来る。蝉の声が、向いの家の糸車の音と同じように、絶間・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・ここかしこで互に何か言うのは、時候の挨拶位に過ぎない。ぜんまいの戻った時計を振ると、セコンドがちょっと動き出して、すぐに又止まるように、こんな会話は長くは持たない。忽ち元の沈黙に返ってしまうのである。 僕は依田さんに何か言おうかと思った・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・「でも時候が違うではございませんか。」言ってしまって、如何にも自分の詞が馬鹿気て、拙くて、荒っぽかったと感じたのである。 女は聞かなかった様子で語り続けた。「わたくしは内へ帰りますの。あちらでは花の咲いている中で、悲しい心持がしてなりま・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫