・・・栖方のことは当分忘れていたいと思っていた折、梶は多少この栖方の手紙に後ろへ戻る煩わしさを感じ、忙しそうな彼の字体を眺めていた。すると、その翌日栖方は一人で梶の所へ来た。「参内したんですか。」「ええ、何もお答え出来ないんですよ。言葉が・・・ 横光利一 「微笑」
・・・しかも大将は、うぬぼれのゆえに、この事態に気づかない。百人の中に四、五人の賢人があっても目にはつかない。いざという時には、この四、五人だけが役に立ち、平生忠義顔をしていた九十五人は影をかくしてしまう。家は滅亡のほかはないのである。 第二・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・物語がどういう源泉から出て来たかは知らないのである。物語の世界がインドであるところから、仏典のどこかに材料があるかとも思われるが、しかしまださがしあてることができぬ。物語自体の与える印象では、どうも仏典から来たものではなさそうである。死んで・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・それを感じはじめると、どの色といわず、色のついていること自体がいやになってくる。そういう意味で、わたくしには、あの淡々とした透明な感じが実にありがたい。 しかしこれは先生の歌が無技巧だなどということではない。あれほど一字一句の使い方、置・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫