・・・それには、従来永年この農場の差配を担任していた監督の吉川氏が、諸君の境遇も知悉し、周囲の事情にも明らかなことですから、幾年かの間氏をわずらわして実務に当たってもらうのがいちばんいいかと私は思っています。永年の交際において、私は氏がその任務を・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・自分は水の心配をするたびに、ここの工事をやった人の、馬鹿馬鹿しきまで実務に不忠実な事を呆れるのである。 大洪水は別として、排水の装置が実際に適しておるならば、一日や二日の雨の為に、この町中へ水を湛うるような事は無いのである。人事僅かに至・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・談ずる処は多くは実務に縁の遠い無用の空想であって、シカモ発言したら々として尽きないから対手になっていたら際限がない。沼南のような多忙な政治家が日に接踵する地方の有志家を撃退すると同じコツで我々閑人を遇するは決して無理はない。ブツクサいうもの・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・実をいうと実務というものは台所の権助仕事で、馴れれば誰にも出来る。実務家が自から任ずるほどな難かしいものではない。ところが日本では昔から法科万能で、実務上には学者を疎んじ読書人を軽侮し、議論をしたり文章を書いたり読書に親んだりするとさも働き・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・あんなに、実務的精神をにくんだシェストフでさえ、全集を残している。だから、力んでもいいでしょう。僕は誰にでも、有名な人から手紙を貰うと、斯んな訳の分らぬ図々しい宣伝文を書く癖があるのでしょう。いや、この前、北川冬彦氏から五六行の葉書を貰った・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・学位記というものは、云わば商売志願の若者が三年か五年の間ある商店で実務の習練を無事に勤め上げたという考査状と同等なものに過ぎない。学者の仕事は、それに終るのではなくて、実はそれから始まるのである。学位を取った日から勉強をやめてしまうような現・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・ とにかく、他に実務的な携帯品があったのでは、せっかくのステッキもただのじじむさい杖になってしまう。よごれた折り鞄などを片手にぶらさげてはいけないのである。やはり全く遊ぶよりほかに用のない人がステッキ、そうしてステッキだけをかかえていな・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
・・・ 以上の理想を実現させるためには新聞社はあらゆる実務や学術技芸はもちろん一般思想上の各方面について第一流の人たちを記者として網羅しなければならない。これはずいぶん困難な事かもしれない。しかし私は「社会の先導者」としての新聞のほんとうの使・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・ また物理学を修めて後各種の実務に従事する人は、物理学は単に机上の学問ではなくて、到る処に活用の途のある学問だという事を忘れず、新しい応用方面の開拓に尽力されたいものである。 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・ 交際という事には全く慣れず、あらゆる実務という事に経験もなく趣味もなかった亮の赴任当座は、ずいぶんいろいろ困る事が多かったろうという事は想像するに難くない。おそらくあらゆる失敗を重ね、それについてあらゆる苦痛をなめたろうと想像される。・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
出典:青空文庫