・・・この方面の専攻者にとっては、地震というものはただ地盤の複雑な運動である。これをなるべく忠実に正確に記録すべき器械の考案や、また器械が理想的でない場合の記録の判断や、そういう事が主要な問題である。それから一歩を進むれば、震源地の判定というよう・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・ この岸壁だけを見ていると、実際天柱は摧け地軸も折れたかという感じが出るが、ここから半町とは離れない在来の地盤に建てたと思われる家は少しも傾いてさえいないのである。天然は実に正直なものである。 久能山の上り口の右手にある寺の門が少し・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・ 山の手の、地盤の固いこのへんの平家でこれくらいだから、神田へんの地盤の弱い所では壁がこぼれるくらいの所はあったかもしれないというような事を話しながら寝てしまった。 翌朝の新聞で見ると実際下町ではひさしの瓦が落ちた家もあったくらいで・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・花圃の北方、地盤の稍小高くなった処に御成座敷と称える一棟がある。百日紅の大木の蟠った其縁先に腰をかけると、ここからは池と庭との全景が程好く一目に見渡されるようになっている。苗のまだ舒びない花畑は、その間の小径も明かに、端から端まで目を遮るも・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・道の左右にひろがっている空地は道路よりも地盤が低いので、歩いて行く中、突然横から吹きつける風に帽子を取られそうな時などは、道を行くのではなく、長い橋をわたっているような気がした。 道が爪先き上りになった。見れば鉄道線路の土手を越すのであ・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・第二の門内に這入ると地盤が一段高くしてあって第一と同じ形式の唯だ少しく狭い平地は直様霊廟を戴く更に高い第三の乃ち最後の区劃に接しているのである。此処にはそれを廻る玉垣の内側が他のものとは違って、悉く廻廊の体をなし、霊廟の方から見下すとその間・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・互を軽蔑した文字を恬として六号活字に並べ立てたりなどして、故さらに自分らが社会から軽蔑されるような地盤を固めつつ澄まし返っている有様である。日本の文芸家が作家倶楽部というほどの単純な組織すらも構成し得ない卑力な徒である事を思えば、政府の計画・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・いずれの国家民族も、それぞれの歴史的地盤に成立し、それぞれの世界史的使命を有するのであり、そこに各国家民族が各自の歴史的生命を有するのである。各国家民族が自己に即しながら自己を越えて一つの世界的世界を構成すると云うことは、各自自己を越えて、・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・先日の雨に此処の地盤が崩れたと見えて、こおろぎの声が近く聞えるのだが誰も修理に来る者なぞはありゃしない。オヤ誰か来やがった。夜になってから詩を吟じながらやって来るのは書生に違いないが、オヤおれの墓の前に立って月明りに字を読んで居やがるな。気・・・ 正岡子規 「墓」
・・・の間でも、友情が友情としての感情内容をはっきりうけてあらわれた場合、その感情の本質は、あくまで友愛であって恋愛ではないし、それが友愛として持つ感情の性質では、同性の間の友情の本質とまったく同じ社会的な地盤に立っているものであると感じられる。・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
出典:青空文庫