・・・「早水氏が是非こちらへ参れと云われるので、御邪魔とは思いながら、罷り出ました。」 伝右衛門は、座につくと、太い眉毛を動かしながら、日にやけた頬の筋肉を、今にも笑い出しそうに動かして、万遍なく一座を見廻した。これにつれて、書物を読んで・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・「汝ゃ俺らが媾曳の邪魔べこく気だな、俺らがする事に汝が手だしはいんねえだ。首ねっこべひんぬかれんな」 彼れの言葉はせき上る息気の間に押しひしゃげられてがらがら震えていた。「そりゃ邪推じゃがなお主」と笠井は口早にそこに来合せた・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・おらが、いろッて泣かしちゃ、仕事の邪魔するだから、先刻から辛抱してただ。」と、かごとがましく身を曲る。「お逢いなさいまし、ほほほ、ねえ、お浜、」 と女房は暗い納戸で、母衣蚊帳の前で身動ぎした。「おっと、」 奴は縁に飛びついた・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・これからは政の読書の邪魔などしてはいけません。民やは年上の癖に……」 などと頻りに小言を云うけれど、その実母も民子をば非常に可愛がって居るのだから、一向に小言がきかない。私にも少し手習をさして……などと時々民子はだだをいう。そういう時の・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・――あんな奴があって、うちの商売の邪魔をするのだ」 そう思うのも実際だ。僕が来てからの様子を見ていても、料理の仕出しと言ってもそうあるようには見えないし、あがるお客はなおさら少い。たよりとしていたのは、吉弥独りのかせぎ高だ。毎日夕がたに・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・それゆえにわれわれがこの考えをもってみますと、われわれに邪魔のあるのはもっとも愉快なことであります。邪魔があればあるほどわれわれの事業ができる。勇ましい生涯と事業を後世に遺すことができる。とにかく反対があればあるほど面白い。われわれに友達が・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・そう早く大きくなりはしないだろうから、邪魔になりはしない。」といって、庭のすみに植えました。 圃に植えた年郎くんのいちじゅくは、日当たりがよくまた風もよく通ったから、ぐんぐんと伸びてゆきました。翌年には、もう枝ができて、大きな葉が、地の・・・ 小川未明 「いちじゅくの木」
・・・ 媼さんはニコニコしながら、「とうとうお邪魔に出ましたよ。不断は御無沙汰ばかりしているくせに、自分の用があると早速こうしてねえ、本当に何という身勝手でしょう」「まあこちらへお上んなさいよ、そこじゃ御挨拶も出来ませんから」「ええ、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「お邪魔やありません?」 襖の傍に突ったったまま、言った。「はあ、いいえ」 私はきょとんとして坐っていた。 女はいきなり私の前へぺったりと坐った。膝を突かれたように思った。この女は近視だろうか、それとも、距離の感覚がまる・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ えい山査子奴がいけ邪魔な! 何だと云ってこう隙間なく垣のように生えくさった? 是に遮られて何も見えぬ。でも嬉やたった一ヵ所窓のように枝が透いて遠く低地を見下される所がある。あの低地には慥か小川があって戦争前に其水を飲だ筈。そう云えばソレ彼・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫