・・・ そのほか、いろ/\あった。 上官が見ている前でのみ真面目そうに働いてかげでは、サボっている者が、つまりは得である。くそ真面目にかげ日向なくやる者は馬鹿の骨頂である。──そういうことも覚えた。 靴の磨きようが悪いと、その靴を頚に・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・上等兵は、ここで自分までも上官の命令に従わなくって不具者にされるか、或は弾丸で負傷するか、殺されるか、――したならば、年がよってなお山伐りをして暮しを立てている親爺がどんなにがっかりするだろうか、そのことを思った。――老衰した親爺の顔が見え・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 病気を癒すことにかけては薮医者でも、上官の云ったことは最善を尽くして実行する、上には逆わない、そういう者の方が昇級は早い。軍医は、その軍隊のコツを十分呑みこんでいた。兵タイを内地へ帰えすと約束して、まだその舌の端が乾かないうちに、反対・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ても、さすがに人品骨柄いやしからず、こいつただものでない、などというのは、あれは講談で、第二国民兵の服装をしているからには、まさしくそのとおり第二国民兵であって、そこが軍律の有難いところで、いやしくも上官に向って高ぶる心を起させない。私はそ・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・僕はね、軍隊で、あんまり殴られるので、こっちも狂人の真似をしてやれと思って、工夫して、両方の眉を綺麗に剃り落して上官の前に立ってみた事さえありました。」「そりゃまた、思い切った事をしたものだ。上官も呆れたろう。」「呆れていました。」・・・ 太宰治 「母」
・・・それが年を取るうちにいつの間にか自分の季節的情感がまるで反対になって、このごろでは初夏の若葉時が年中でいちばん気持のいい、勉強にも遊楽にも快適な季節になって来たようである。 この著しい「転向」の原因は主に生理的なものらしい。試みに自分の・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・「そこへ上官が二人通りあわせて、乗棄ててある馬を見るとえ――、たしかに秋山大尉の馬だ。どうも変だというので、百姓に聞いて見るてえと、もう少し前に、士官が一人鉄橋を渡って行くのを見かけたという話だ。帰って来さっしゃらねえところを見ると、ど・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・同じやうに我等の書物に於ける装幀――それは内容の思想を感覚上の趣味によつて象徴し、色や、影や、気分や、紙質やの趣き深き暗示により、彼の敏感の読者にまで直接「思想の情感」を直覚させるであらうところの装幀――に関して、多少の行き届いた良心と智慧・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・の如き詩は、その情感の深く悲痛なることに於て、他に全く類を見ないニイチェ独特の名篇である。これら僅か数篇の名詩だけでも、ニイチェは抒情詩人として一流の列に入り得るだらう。 ニイチェのショーペンハウエルに対する関係は、新約全書の旧約全・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・そして彼らの上官たちは、頭に羽毛のついた帽子を被り、陣営の中で阿片を吸っていた。永遠に、怠惰に、眠たげに北方の馬市場を夢の中で漂泊いながら。 原田重吉が、ふいに夢の中へ跳び込んで来た。それで彼らのヴィジョンが破れ、悠々たる無限の時間が、・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
出典:青空文庫