・・・だけれども、ありとあらゆる思想にしろ、情感にしろ、行動にしろ、それが現実のものであるならば、ことごとく私たちの肉体を通じて生かされてのみ初めて現実として存在するという事実は何とつきない味いのあることだろう。自分の一生を生きるのは自分であって・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・そして、その情感にあるおくれた低さには自身気づかないままでいがちである。 情感をゆたかに高めるというとき、それがどんなに多くの多様な光りを智慧からうけるものであるか、理智と感情とは対立したものでなくて、流水相光を交し、行動とからんで一体・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・子供といえば母としてのその人たちも考えられるわけなのだけれど、母の情感が人間生活にそんな単純原始な理解しかもたなかったら、どうだろう。どんな洞察こまやかさで子らの成長の過程と人生の曲折を同感し、励ましてやることができるだろう。 この頃い・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・日本の今日の文学は、人間感情のリアリティーとして思意的な感情というものを所謂理性とか理知とかいう古風な形式にしたがった心理の分類によらぬ情緒そのもののリズムとして、情感として、どこまで承認し且それを描き出しているであろうか、と。 これは・・・ 宮本百合子 「現実と文学」
・・・このジョコンダの微笑は、ながく見つめていると人のこころをもの狂わしくするような内面の緊張した情感をたたえている。じっとおさえて、その体とともにレオナルドとの関係をも動かそうとしなかった貴族階級の女性の激しい思いを溢れさせている。この人間性の・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ブランデスはあんなに鋭く背景となった十八世紀時代の動きを分析していながら『人間喜劇』の作者が、上品な詩的な情感をもっていたから、復古時代にテンメンとしたといっているのですもの。 又今これをかきつづけます。今はもう夜の十二時近く。前の行ま・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・とあの文章との間には、それぞれに偽りでないこの作家の一つの情感が貫き流れている。けれども、それは一人の作家を貫いて、あちらとこちらに流露している人間的情感としてだけ止るのだろう。中野重治の「五勺の酒」に含まれている多くの問題は、彼の『議会演・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・もっと勉強したいという心は、世俗にすりへった成人の情感が忘れているばかりか、傍からもせき立てられて大学を終り役人になった人々の思いやることも出来ないような瑞々しさと鋭さと熱情とをもって少年の魂の命を息づいている。 少年たちが、自身のうち・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・能の、動きの節約そのものの性質のなかには、明らかに日本の中世の社会生活からもたらされた被虐性、情感の表現を内へ追い込む性格が作用していて、しかも、ぎりぎりまで剪りこまれた外面へのあらわれの裡に、精神と情緒のほとばしる極限を表現しようとする芸・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・と語り出されている作者の情感の意味も肯けた。徳川の鎖国の方針が七郎兵衛の運命を幾変転させたばかりでなく、今日の日本の動きにかかわり来っていることも、読者はおのずから行間に会得するだろう。 高木氏の歴史小説への態度には、一つの歩み出した積・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
出典:青空文庫