・・・作者藤村氏が、抒情的な粘着力をもって縷々切々と、この主人公とそれをめぐる一団の人々の情感を語りつつ、時代の力、実利と人間理想とが歴史の波間でいかに猛烈にかみ合い、理想の敗北が箇人的生涯の悲惨として現れるかということを一般人生の姿として冷たく・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・人民と、人民が制服を着せられた姿である兵士たちに、滅私奉公をあれほどたたき込んだのが真実なら、己れの命を惜しんで、上官である地位を利用して自分ばかりが逃げ帰ることは、人間としてこの上ない穢辱であること位は知ってよかったろう。 戦争は常に・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・ロマンティックな情感とともにリアリスティックに、成長的に現実にふれてゆこうとしている幼い作者の努力をくみとることが出来る。 この作品は、作者が年若い少女であったことと、その少女の生活環境にあわして社会的に積極的な取材であったこと、単純だ・・・ 宮本百合子 「作者の言葉(『貧しき人々の群』)」
・・・映画は若い男と女との奔放な交渉を映し出して女学生時代の娘の感受性ばかり鋭い情感を刺戟する。学校は、今の社会の風潮が浮薄であるということだけを強調して、その社会的根源を究明しようとする力は持たず、表面的にそのような世相を反撥して地味な制服を着・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・そして、この言葉から私たちが直感する理性と情感とがとけあってもっとも高い人間性、もっとも複雑な人間社会の諸様相を反映する民主的な文化を意味するならば、日本の私たちの今日の現実のどこにそのような「正しい文化」があるでしょう。まじめな人びとは、・・・ 宮本百合子 「質問へのお答え」
・・・が、多くの読者を惹きつけた原因の第一は、作者のエロティシズムと地方的な色の濃い描写とで描き出された江波という若い娘の矛盾錯綜してゆくところを知らない行動と情感が、ある意味で、所謂人間性の無制約な肯定として現れている当時のヒューマニズムの傾向・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・いわゆる人民が上官から憲兵から特高からその肉体の上にくらったビンタとちがったビンタが、文学者のために用意されていたでしょうか。どんなちがった監獄に作家が入れられたというのでしょう。 谷川徹三の「文化平衡論」という主張が戦争拡大する前後の・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・次は上々官金僉知、朴僉知、喬僉知の三人で、これは長崎で造らせた白木の乗物に乗っていた。次は上官二十六人、中官八十四人、下官百五十四人、総人数二百六十九人であった。道中の駅々では鞍置馬百五十疋、小荷駄馬二百余疋、人足三百余人を続ぎ立てた。・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・誰でも上官に呼ばれて小言を聞いて見ると、その小言が犬塚の不断言っている事に好く似ている。上官の口から犬塚の小言を聞くような心持がする。 犬塚はまかないの飯を食う。同じ十二銭の弁当であるが、この男の菜だけは別に煮てある。悪い博奕打ちがいか・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・その頃は申告の為方なんぞは極まっていなかったが、廉あって上官に謁する時というので、着任の挨拶は正装ですることになっていた。 翌日も雨が降っている。鍛冶町に借家があるというのを見に行く。砂地であるのに、道普請に石灰屑を使うので、薄墨色の水・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫