・・・カラ すっかり満足して上気せた私の顔のように赤い、澱んだ太陽が、それでも義務は守って、三遍火の上をかき抜けました。ミーダ ――引き上げよう。――が。その前に一つすることがある。利己、貪慾、無節制の一袋を、此処ら辺からばら撒くのだ。・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 青い椅子によって柔いクッションに黒い髪の厚い頭をうずめて一つ処を見つめて話しつづける肇は自分で自分の話す言葉に魅せられて居る様に上気した顔をして居た。 千世子はだまって肇の長い「まつ毛」を見て居た。 自分の過去なり現在なりをま・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ 何故、母上はあれ程、常軌を逸さずには居られなかったのであろう。あんなに賢明であられても、見る宇宙は小さいものであると思い、同時に、子にばかり縋って、その従順の裡にのみ生活の意義を認めて行かれる態度は、真心からお気の毒に思う。私ばかりで・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・ まあ落着きなさい、それからとっくりと考えてみなさい…… 彼女は、上気せていた頭から、ほどよく血が冷やされるのを感じた。そして、非常にすがすがしい、新らしい、眼の中がひやひやするような心持になった彼女は、もうまごつかなかった。あっち・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・真白い毛糸の首巻から、陽やけのした、今は上気せている顔が強い対照をなしている。奥の方の男は、眠っているうちに段々そうなったという風で、窮屈そうにやはりインバネスの大きい肩をねじって窓枠に顔をおっつけて睡ているのである。 むこう向きに赤い・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・と云ったのですけれ共彼女は変に上気せた様な顔をして小窓から雪の散って居る外を暫く見てやがて顔を洗いに小春の様な室内から総てが凍て付いた様な洗面所へ出て行きました。 正面の大鏡に写った顔を見て彼女は自分で自分をすっかり診察して仕舞・・・ 宮本百合子 「二月七日」
・・・ 上の子が、恐ろしい調子っぱずれな声を張りあげて唱歌らしいものを歌って居ると、わきではこまかいのが玩具の引っぱりっこをして居る中に入って奥さんが上気あがって居たりするのを見ると気の毒になってしまう。 家も今こそかなり皆育って静かな時・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ 禰宜様宮田は、人があまり損得に夢中になっているので、却って上気せ上って自分にははっきり分る損得を、逆に取り違えているのではあるまいかなどとも想う。けれども、もちろん口に出しては一口も云う彼ではない。黙ってまるで蟻のように働く禰宜様宮田・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・然しながら、エンゲルスの手紙からの上記の引用を基礎として、エンゲルスは、「バルザックのリアリズムは革命的であると見ているのである」とやつぎ早に結論しているのは、理解に或る困難を引おこされる。ゾラのバルザック論その他に対し、芸術創作の過程にお・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ひろ子は、微に上気して重吉を見た。重吉は、あたりの乗客たちを全く見ていなかった。しかし、ひろ子を見ているのでもなかった。視線は窓の外を駛りすぎる外景に吸いよせられている。重吉の手と重吉の声とは、もしかしたら重吉が心づかないうちに、こうして生・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫