・・・がらりと気を替えて、こうべ肉のすき焼、ばた焼、お望み次第に客を呼んで、抱一上人の夕顔を石燈籠の灯でほの見せる数寄屋づくりも、七賢人の本床に立った、松林の大広間も、そのままで、びんちょうの火を堆く、ひれの膏をにる。 この梅水のお誓は、内の・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「お上人様。」 裾冷く、鼻じろんだ顔を上げて、「――母の父母、兄などが、こちらにお世話になっております。」「おお、」と片足、胸とともに引いて、見直して、「これは樹島の御子息かい。――それとなくおたよりは聞いております。何・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・……いいえ、お上人よりか、檀家の有志、県の観光会の表向きの仕事なんです。お寺は地所を貸すんです。」「葬った土とは別なんだね。」「ええ、それで、糸塚、糸巻塚、どっちにしようかっていってるところ。」「どっちにしろ、友禅のに対するなん・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・銭がねえならかせぐのよ、情人が不実なら別な情人を目つけるのよ。命がなくなりゃア種なしだ。』 娘が来て、『何言ってるの?』気味わるそうに言う。『命あっての物種だてエ事よ、そうじゃアねえか、まアまア今夜なんか死神に取っ付かれそうな晩・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 日蓮は工藤吉隆の法華経のための殉教を賞めて、大僧の礼をもって葬り、日玉上人の法名を贈った。鏡忍房の墓には「手向ノ松」を植えた。 日蓮はこの法難によって、経に符合する意味で法華経の行者としての自信を得た。「日蓮は日本第一の法華経の行・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・天才は常人よりももっと深く、高く、鋭く問い得る人間である。常人が問わずしてみすごすことを天才は問い得るのである、林檎はなぜ地に落ちるか? これはかつてニュートンが問うまで常人のものではなかった。姦淫したる女を石にて打つにたうる無垢の人ありや・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・其時日朝上人というのは線香の光で経文を写したという話を観行院様から聞いて、大層眼の良い人だと浦山しく思いました。然し幸に眼も快くなって何のこともなく日を過した。 夏になると朝習いというのが始まるので、非常に朝早く起きて稽古に行ったもので・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・この頃主人政元はというと、段魔法に凝り募って、種の不思議を現わし、空中へ飛上ったり空中へ立ったりし、喜怒も常人とは異り、分らぬことなど言う折もあった。空中へ上るのは西洋の魔法使もする事で、それだけ永い間修業したのだから、その位の事は出来たこ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ 流布本太平記巻三十六、細川相模守清氏叛逆の事を記した段に、「外法成就の志一上人鎌倉より上つて」云とある。神田本同書には、「此志一上人はもとより邪天道法成就の人なる上、近頃鎌倉にて諸人奇特の思をなし、帰依浅からざる上、畠山入道諸事深く信・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ 実際、いかに絶大の権力を有し、百万の富を擁して、その衣食住はほとんど完全の域に達している人びとでも、またかの律僧や禅家などのごとく、その養生のためには常人の堪えるあたわざる克己・禁欲・苦行・努力の生活をなす人びとでも、病なくして死ぬの・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫