・・・無産派の人々が当時の未熟な試案の下でこの社会と文学との上に主張した「出生」の問題――貧乏人でなければ、或は労働者でなければ新しい社会の建設やその文学に参加出来ないものであるという風な考えかたが、わたしに納得ゆかなかった。納得ゆかなくてもそれ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第三巻)」
・・・ 寿産院にあずけられた子供が正当な出生の子供でないということが、まるで子供が殺されても仕方がなかったというようにあげられています。しかしあの中には正当な結婚から生れた子供もいたようです。正当な子供、正当でない子供というのは子供にとってど・・・ 宮本百合子 「“生れた権利”をうばうな」
・・・けれども私は、或る状態の裡に全く偶然な機会によって出生した一人間が、自己の道をつける為、どんな努力をするか、失敗するか、終局に於いて成し遂げ得たかと云う全過程に深い愛と牽引を感じます。貴女は自分の愚かさ、間抜けさを、そんなに可愛がっていらっ・・・ 宮本百合子 「大橋房子様へ」
・・・をみた場合、作者は検事があの作品から引き出して来られたような形で母性を讚えたのではなくて、そのような自然な母の愛が此の世への出生をいため傷つけた私生児と云うものに対する従来の社会的偏見に反省を促されたものであったと思われます。私生児を育て抜・・・ 宮本百合子 「「女の一生」と志賀暁子の場合」
・・・又、自分の作家的出生即ち、家庭の事情によって小学校さえ卒業させられず、少女時代から勤労者の生活を経験したという、そういう出生だけをふりかざして安心してもいない。経験主義者の持つ安易な評価は、自分自身に対してもひとに対しても抱いていないのであ・・・ 宮本百合子 「窪川稲子のこと」
・・・作家の偶然の出生によって階級性を云々することの誤りは、すでにプロレタリア文学運動の初期に論議されたことであったが、こんにちから明日へかけての激しい歴史の動きの中では、世界あらゆる国々で、ファシズムと戦争挑発に抵抗を感じる進歩的な人々の階級移・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ 詩吟というものは、ずっと昔も一部の人は好んだろうが、特に幕末から明治の初頭にかけて、当時の血気壮な青年たちが、崩れゆく過去の生活と波瀾の間に未だ形をととのえない近代日本の社会の出生を待つ時期の感懐を吐露するてだてとして流行したものであ・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・プロレタリア文学は、日本の事情の下ではその出生の階級を揚棄しようとするインテリゲンツィアと勤労階級の中からの少数の知識分子とによって作られて来たのであった。日本の左翼運動の退潮はインテリゲンツィアを或る意味で全面的に動揺させ帰趨を失わしめた・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・一定のイデオロギーに対する人間的弱さ、箇性の再発見、インテリゲンツィア・小市民としての出生への再帰の欲望などが内的対立として分裂の形で作品にあらわれ、傷いた階級的良心の敏感さは、嘗てその良心の故に公式的であったものが今や自虐的な方向への拍車・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・而も、一旦生まれた以上、我々は出生に絡むあらゆる社会的偶然と必然とを終生何かの形で荷なって、生きて行かざるを得ない。子供から大人になりかかって、漸々自分というものを考える力がついた時、何故自分は生まれたのであろう。そして何の為に生れたのであ・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
出典:青空文庫