・・・農民の武骨な感情表現になれることの出来ないジャンの都会気質と或は決してなくはないかもしれぬ自分の出生にこだわった心持。これらのこともジャンの持つ負け札として見のがせない。 ただ、ジャンが機械工になりたくて仕方がなく、その方面では技術をさ・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・困窮な下層小市民の家庭から出て、大学教育まで受け、時代の波に洗われて親が描いたような出世の道は辿らなかった一青年が、遂に自分の教養、知性のまやかしものであることに思い到って、出生した社会層の伝習とその粗野な表現に新しい人間的値うちを見出す心・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ここでは、自身と対手との個性が、その出生や成長期の環境からうけている実に多様な諸条件によって交渉し合うばかりでなく、外部的な事情との接触、摩擦、克服の過程で、それぞれの恋愛が形づくられ、完成され、或る場合は破滅させられて行くのである。今日の・・・ 宮本百合子 「成長意慾としての恋愛」
・・・ ここに於て、必然子供の出生と云うことに就ては、多くの場合、明かな意識が加えられて来ます。日本のように、結婚すると間もなく、両親の精神さえ鎮まらないうちに、只管子供の為に忙殺されてのみ日を送るような生活ばかりを、彼等はよしとしていません・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・理性の出生は遅すぎたかもしれないが今現われてくれたことは、ほかのどのときにおいてよりも、彼女にとって幸福な、ほんとに役立たれる場合であったのである。 彼女は微かに、自分の性格が、根本的にある変化を与えられようとしていることに気が附いた。・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ しかしながら、一方彼にはその出生や成長した環境及び遭遇した青年期における時代的影響もあって、気弱で、情緒的で、部分的にはやや主観に傾くところもなくはない。過去における文学修業の道で「風雲」の作者がある期間室生犀星、芥川龍之介、徳田秋声・・・ 宮本百合子 「文学における古いもの・新しいもの」
・・・急速に没落した小市民の家族から出生したと云っても境遇の必然からプロレタリア的な暮しの中で成長しつつある青年ゴーリキイの心持がよくわかるのである。が、このことの中には私共を誘って、更にもう一歩奥まったゴーリキイの精神の内部へと立ち入らせるモメ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・生れた男の子によって、アンネットの母としての生活が更にどのように進展するか、生まれた息子自身は自分の出生に際してとった母の態度をどう見るか。それらのことは巻を追うて描かれてゆくのであるが、私の心に、ほんの一部分しかまだ読んでいない物語の冒頭・・・ 宮本百合子 「未開の花」
・・・此の地殻の上に何処からか生れ出たものは、その出生の地を、彼等の魂のどん底から剥ぎ取る事は出来ないのである。 静かな夜の中に坐して、記憶の裡に蘇返る「祖国」に、慄えるような愛着と、叫び度くなる程の嫌厭と恐怖とを感じる時、私は此の感動が、果・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・かわりあいの多面さの実際としてみれば、現代文学における作家横光利一の発生、評論家小林秀雄の誕生そのものに今日につづく多くの歴史的要因がこめられていたのであるし、更に日本浪曼派の評論家保田与重郎の文学的出生には前の二人の人たちを送り出した歴史・・・ 宮本百合子 「歴史と文学」
出典:青空文庫