・・・二三種の花が咲いている。水仙の一と株に花床が尽きて、低い階段を拾うと、そこが六畳の中二階である。自分が記念に置いて往った摺絵が、そのままに仄暗く壁に懸っている。これが目につくと、久しぶりで自分の家に帰ってきでもしたように懐しくなる。床の上に・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ある新聞社が、ミス・日本を募っていたとき、あのときには、よほど自己推薦しようかと、三夜身悶えした。大声あげて、わめき散らしたかった。けれども、三夜の身悶えの果、自分の身長が足りないことに気がつき、断念した。兄妹のうちで、ひとり目立って小さか・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・これは、池袋の大姉さんの御推薦でした。もうひとりのお方は、父の会社に勤めて居られる、三十歳ちかくの技師でした。五年も前の事ですから、記憶もはっきり致しませんが、なんでも、大きい家の総領で、人物も、しっかりしているとやら聞きました。父のお気に・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・私は、いま、ベッドに腹這いになって、鉛筆をなめなめ、考え考えして、一字、一字、書きすすめ、もう、死ぬるばかり苦しくなって、そうして、枕元の水仙の花を見つめて居ります。電気スタンドの下で水仙の花が三輪、ひとつは右を向き、ひとつは左を向き、もう・・・ 太宰治 「古典風」
・・・その青銅の指輪には、黄色い石で水仙の花がひとつ飾りつけられていた。私は、それをKあてに送った。 Kは、そのおかえしとして、ことし三歳になるKの長女の写真を送って寄こした。私はけさ、その写真を見た。・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・けさは水仙を床の間の壺に投げ入れた。ああ、日本は、佳い国だ。パンが無くなっても、酒が足りなくなっても、花だけは、花だけは、どこの花屋さんの店頭を見ても、いっぱい、いっぱい、紅、黄、白、紫の色を競い咲き驕っているではないか。この美事さを、日本・・・ 太宰治 「新郎」
・・・ 水仙の絵である。バケツに投げ入れられた二十本程の水仙の絵である。手にとってちらと見てビリビリと引き裂いた。「なにをなさる!」老画伯は驚愕した。「つまらない絵じゃありませんか。あなた達は、お金持の奥さんに、おべっかを言っていただ・・・ 太宰治 「水仙」
・・・元老、鶴屋北水の推薦と、三木朝太郎の奔走のおかげで、さちよは、いきなり大役をふられた。すなわち、三人姉妹の長女、オリガである。いいかい、オリガは、センチメントおさえて、おさえて、おさえ切れなくなる迄おさえて、幕切れで、どっとせきあげる、それ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ある新聞社が、ミス・日本を募っていた時、あの時には、よほど自己推薦しようかと、三夜身悶えした。大声あげて、わめき散らしたかった。けれども、三夜の身悶えの果、自分の身長が足りない事に気がつき、断念した。兄妹のうちで、ひとり目立って小さかった。・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・しかし後にはそうではなくて先任者が順々に後任者を推薦し選定するようになった。従って自然に人員の個性がただ一色に近づいて来るという傾向が生じたのではないかという気がする。どちらがいいか悪いかは別問題であるが、昔の人選法も考えようによってはかえ・・・ 寺田寅彦 「相撲」
出典:青空文庫