・・・ 帰途に案内者のハリーがいろいろの人の推薦状を見せて自慢したりした。N氏の英語はうまいがT氏のはノーグードだなどと批評した。年を聞くと四十五だという。われわれは先祖代々の宗教を守っているのに、土人の中には少し金ができるとすぐイギリス人の・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・それでいつか放送局でラジオ相談所として推薦した本郷の某ラジオ屋へ試みに修繕に出したら、今度は断然桁ちがいに感度を低下してしまって、もう拡声器では聞かれなくて、テレフォンでやっと聞こえるようになってしまった。機械を調べてみると、何とかいうあの・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・たとえば収賄の嫌疑で予審中でありながら○○議員の候補に立つ人や、それをまた最も優良なる候補者として推薦する町内の有志などの顔がそれである。しかしまた俗流の毀誉を超越して所信を断行している高士の顔も涼しかりそうである。しかしこの二つの顔の区別・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・「長三郎に魁車がつきあうのやけれど、すいた水仙のところなんか、何だか変なもんや。私いくつ時分だったか、一本歯をはいて、ここの板敷を毎日毎日布を晒らしてあるいていたもんや」お絹はそう言って、銚子にごぽごぽ酒を移していた。 廓はどこもし・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・クリスマスの夜の空に明月を仰ぎ、雪の降る庭に紅梅の花を見、水仙の花の香をかぐ時には、何よりも先に宗達や光琳の筆致と色彩とを思起す。秋冬の交、深夜夢の中に疎雨斑々として窓を撲つ音を聞き、忽然目をさまして燈火の消えた部屋の中を見廻す時の心持は、・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・こういうと私が酒や女をむやみに推薦するようでちょっとおかしいが、私の申上げる主意はたとい弊害の多い酒や女や待合などが交際の機関として上流の人に用いられるのでも、人間は個々別々に孤立して互の融和同情を眼中に置かず、ただ自家専門の職業にのみ腐心・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
上 余が博士に推薦されたという報知が新聞紙上で世間に伝えられたとき、余を知る人のうちの或者は特に書を寄せて余の栄選を祝した。余が博士を辞退した手紙が同じく新聞紙上で発表されたときもまた余は故旧新知もしく・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・暖かい日の午過食後の運動がてら水仙の水を易えてやろうと思って洗面所へ出て、水道の栓を捩っていると、その看護婦が受持の室の茶器を洗いに来て、例の通り挨拶をしながら、しばらく自分の手にした朱泥の鉢と、その中に盛り上げられたように膨れて見える珠根・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・もっとも自分で運動した訳でもないのですが、この学校にいた知人が私を推薦してくれたのです。その時分の私は卒業する間際まで何をして衣食の道を講じていいか知らなかったほどの迂濶者でしたが、さていよいよ世間へ出てみると、懐手をして待っていたって、下・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・な戸を叩く狸と秋を惜みけり石を打狐守る夜の砧かな蘭夕狐のくれし奇楠をん小狐の何にむせけん小萩原小狐の隠れ顔なる野菊かな狐火の燃えつくばかり枯尾花草枯れて狐の飛脚通りけり水仙に狐遊ぶや宵月夜 怪異を詠み・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫