・・・ 斎場を出て、入口の休所へかえって来ると、もう森田さん、鈴木さん、安倍さん、などが、かんかん火を起した炉のまわりに集って、新聞を読んだり、駄弁をふるったりしていた。新聞に出ている先生の逸話や、内外の人の追憶が時々問題になる。僕は、和辻さ・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・ 沼南は本姓鈴木で、島田家の養子であった。先夫人は養家の家附娘だともいうし養女だともいうが、ドチラにしても若い沼南が島田家に寄食していた時、懐われて縁組した恋婿であったそうだ。沼南が大隈参議と進退を侶にし、今の次官よりも重く見られた文部・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・学校の教授時代、学生を引率して修学旅行をした旅店の或る一夜、監督の各教師が学生に強要されて隠し芸を迫られた時、二葉亭は手拭を姉さん被りにして箒を抱え、俯向き加減に白い眼を剥きつつ、「処、青山百人町の、鈴木主水というお侍いさんは……」と瞽女の・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ つぎには、これは築地の、市の施療院でのことですが、その病院では、当番の鈴木、上与那原両海軍軍医少佐以下の沈着なしょちで、火が来るまえに、看護婦たちにたん架をかつがせなどして、すべての患者を裏手のうめ立て地なぞへうつしておいたのですが、・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・春までこちらに置いていただき、そうしてその間に、鈴木がむこうで家を見つけるという事になっていたのですけど。 スズキというのか、その男は。そうです。その男と一緒になってから何年になる。 聞かないほうがよいのか? よし、たい・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・そういう次第であるから、わが国で、鈴木清太郎、藤原咲平、田口たぐちりゅうざぶろう、平田森三、西村源六郎、高山威雄諸氏の「割れ目の研究」、またこれに連関した辻二郎君の光弾性的研究や、黒田正夫君のリューダー線の研究、大越諄君の刃物の研究等は、い・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・セピアのインキで細かく書いたノートがいつも机上にあった。鈴木三重吉君自画の横顔の影法師が壁にはってあったこともある。だれかからもらったキュラソーのびんの形と色を愛しながら、これは杉の葉のにおいをつけた酒だよと言って飲まされたことを思い出すの・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・ところでたとえば鈴木清太郎博士の実験で、円板の中心を衝撃する際に生ずる輻射形の割れ目が衝動の強さに応じて整数的に増加して行く現象のごとき、おそらくある方程式の固有値によって定まるであろうということは、かつて妹沢博士も私に指摘されたことである・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・それから鈴木文治や、アナーキズムへの攻撃。――ことに三吉には話の内容よりも、弁士自体が面白かった。右の肩で、テーブルをおすようにして、ひどい近眼らしく、ふちなしの眼鏡で天井をあおのきながら、つっかかってくる。ところどころ感動して手をたたこう・・・ 徳永直 「白い道」
・・・いつもより一層遠く柔に聞えて来る鐘の声は、鈴木春信の古き版画の色と線とから感じられるような、疲労と倦怠とを思わせるが、これに反して秋も末近く、一宵ごとにその力を増すような西風に、とぎれて聞える鐘の声は屈原が『楚辞』にもたとえたい。 昭和・・・ 永井荷風 「鐘の声」
出典:青空文庫