・・・何気なく陀多が頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中を、遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。陀多はこれを見る・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・と思うとその幕は、余興掛の少尉の手に、するすると一方へ引かれて行った。 舞台は日本の室内だった。それが米屋の店だと云う事は、一隅に積まれた米俵が、わずかに暗示を与えていた。そこへ前垂掛けの米屋の主人が、「お鍋や、お鍋や」と手を打ちながら・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 早く去ってもらいたさの、女房は自分も急いで、表の縁へするすると出て、此方に控えながら、「はい、」 という、それでも声は優しい女。 薄黒い入道は目を留めて、その挙動を見るともなしに、此方の起居を知ったらしく、今、報謝をしよう・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 何をする。 風呂敷を解いた。見ると、絵筒である。お妻が蓋を抜きながら、「雪おんなさん。」「…………」「あなたがいい、おばけだから、出入りは自由だわ。」 するすると早や絹地を、たちまち、水晶の五輪塔を、月影の梨の花が・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・その上へ、真白な形で、瑠璃色の透くのに薄い黄金の輪郭した、さげ結びの帯の見える、うしろ向きで、雲のような女の姿が、すっと立って、するすると月の前を歩行いて消えた。……織次は、かつ思いかつ歩行いて、丁どその辻へ来た。 四・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・中なる三人の婦人等は、一様に深張りの涼傘を指し翳して、裾捌きの音いとさやかに、するすると練り来たれる、と行き違いざま高峰は、思わず後を見返りたり。「見たか」 高峰は頷きぬ。「むむ」 かくて丘に上りて躑躅を見たり。躑躅は美なりしな・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ すると、正ちゃんは するすると すべりだいを すべりました。しゃしんやさんは こまって しまいました。「この つぎに しましょうか。」と、おかあさんは おっしゃいました。 かんがえて いた しゃしんやさんは、すっかり うつ・・・ 小川未明 「しゃしんやさん」
・・・爺さんが綱の玉を段々にほごすと、綱はするするするするとだんだん空の方へ、手ぐられでもするように、上がって行くのです。とうとう綱の先の方は、雲の中へ隠れて、見えなくなってしまいました。 もうあといくらも綱が手許に残っていなくなると、爺さん・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・寝ぼけた眼で下から見たら、首がするする伸びてるように思うやおまへんか。ところで、なんぜ油を嘗めよったかと言うと、いまもいう節で、虐待されとるから油でも嘗めんことには栄養の取り様がない。まあ、言うたら、止むに止まれん栄養上の必要や。それに普通・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・暮れにくい夏の日もいつか暮れて行き、落日の最後の明りが西の空に沈んでしまうと、夜がするすると落ちて来た。 急いで帰らねば、外出時間が切れてしまう。しかし、このまま手ぶらで帰れば、咽から手の出るほどスキ焼きを待ちこがれている隊長の手が、狂・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
出典:青空文庫