・・・の知らぬ新時代の精神は年少の書生の放論の中にも如何に溌溂と鼓動していたか! 或弁護 或新時代の評論家は「蝟集する」と云う意味に「門前雀羅を張る」の成語を用いた。「門前雀羅を張る」の成語は支那人の作ったものである。それを日・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・しかも生後三月目に死んでしまっているのです。母はどう云う量見か、子でもない私を養うために、捨児の嘘をついたのでした。そうしてその後二十年あまりは、ほとんど寝食さえ忘れるくらい、私に尽してくれたのでした。「どう云う量見か、――それは私も今・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・ 私の祖母が死んだのは、こうして様様に指折りかぞえながら計算してみると、私の生後八カ月目のころのことである。このときの思い出だけは、霞が三角形の裂け目を作って、そこから白昼の透明な空がだいじな肌を覗かせているようにそんな案配には・・・ 太宰治 「玩具」
・・・ ヘレン・ケラーは生後十八ヶ月目に重い病のために彼女の魂と外界との交通に最も大切な二つの窓を釘付けされてしまったにかかわらず、自由に自国語を話し、その上独、仏、羅、希にも通ずるようになった。指先を軽く相手の唇と鼻翼に触れていれば人の談話・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・だという正誤を申込まれた。その子供の話によると、「ワシントン」という靴屋を間違えて「ナポレオン」と云った友達がいるそうである。しかし雀と鴨では少し大きさが違い過ぎると云って笑った。雀の宮は日光の近くにあったのである。 小田原ではバスが待・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・したがって私にこの正誤を書かせるのもその戦争である。つまり戦争が正直な二人を嘘吐きにしたのだといわなければならない。 しかし先生の告別の辞は十二日に立つと立たないとで変わるわけもなし、私のそれにつけ加えた蛇足な文句も、先生の去留によって・・・ 夏目漱石 「戦争からきた行き違い」
・・・ 第三は支那の成語を用うるものにして、こは成語を用いたるがために興あるもの、または成語をそのままならでは用いるべからざるものあり。支那の人名地名を用い、支那の古事風景等を詠ずる場合はもちろん、わが国のことをいう引合いに出されたるも少から・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 近々に太郎が、生後まだ六十日ばかりのヒヨヒヨながら伯父様、即ちあなたに誕生最初の敬意を表して何か本をさし上げるそうです。湯ざめがして来たから一旦これでおやすみ。本当に床に入るのです。 次の日の午後四時頃。雪どけの雨だれの音がしとし・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 労働婦人が姙娠して五ヵ月以上になっている時、労働法によって工場、事務所は彼女を失業させることを許されない。生後十ヵ月以内の嬰児をもっている場合も。 相当の数、労働婦人のいる工場、製作所で託児所のないところはない。託児所は朝八時から・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・そして労働法は生後十ヵ月までの子をもつ母親の解雇、姙娠五ヵ月以上の女の解雇をごくごくやむを得ない場合以外は厳禁している。 小学校、工場附属技術学校、いずれも国庫および職業組合の負担で、プロレタリアートの児童のために開放されている。 ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫