・・・ 彼の好色物に現われた性生活の諸相の精細な描写記録は、この人間界の最も深刻な事実を事実として客観的に集輯したものであるには相違ないが、彼がそういうものを著述する際における彼の態度が、果して動物の観察者が動物の生活を記載する場合と同じもの・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ この偏光の研究を更につきつめて行って、この頃では塵のない純粋なガスによって散らされる光を精細に検査し、その結果からガス分子自身の形に関するある手掛りを得ようとしている学者もあるようである。 附記。空中の塵埃に関して述ぶべき物理・・・ 寺田寅彦 「塵埃と光」
・・・ルベリエが海王星を発見したのも、天王星の運動を精細に知りその運動の説明しがたき小不規則を怪しんだからの事である。近年力学物理学を根底より改造する気運を生じたいわゆる相対率の原理のごときも、もし電子の運動に関する実験上の事実が知られなかったな・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・試みにたったひとこまの皮膜に写った形像を精細に言葉で記載しようとしてもおそらく千万言を費やしてもなおすべてを尽くすことは不可能であろう。写真影像は現象の記載ではなくて、現象そのものだからである。 そのかわりに、あるいはそれだから、写真は・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・このような現象でも精細な記録を作って研究すれば気象学上に有益な貢献をする事も可能であろう。「天狗」や「河童」の類となると物理学や気象学の範囲からはだいぶ遠ざかるようである。しかし「天狗様のおはやし」などというものはやはり前記・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・残念ながら詳しいことは覚えていないが、とにかくその巻物の中にはありとあらゆる鯨の種類それから親類筋のいるか、すなめりの類の精細な写生図が羅列してあったのでわれわれ二人の中学生は眼を丸くしてそれを点検したばかりでなく、婆さんの許可を得たかどう・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・蚕にあるような病菌がやはりこの虫の世界にも入り込んで自然の制裁を行なっているのかと想像された。しかし簔虫の恐ろしい敵はまだほかにあった。 たくさんの袋を外からつまんで見ているうちに、中空で虫のお留守になっているのがかなり多くのパーセント・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・また第二の山では牛若丸が六人の賊をめちゃくちゃにたたき斬る、そうして二つ三つに切った死骸を蓆で包んで川へ流しに行くまでを精細な数コマに描き分けたものらしい。 こういうことから考えてみると、この絵巻物は、一方では勧善懲悪の教訓を含んでいる・・・ 寺田寅彦 「山中常盤双紙」
・・・私は風光の生彩をおびた東海の浜を思いださずにはいられなかった。すべてが頽廃の色を帯びていた。 私たちはまた電車で舞子の浜まで行ってみた。 ここの浜も美しかったが、降りてみるほどのことはなかった。「せっかく来たのやよって、淡路へ渡・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・然しこの書は明治十年西南戦争の平定した後凱旋の兵士が除隊の命を待つ間一時谷中辺の寺院に宿泊していた事を記述し、それより根津駒込あたりの街の状況を説くこと頗精細である。是亦明治風俗史の一資料たることを失わない。殊に根津遊廓のことに関しては当時・・・ 永井荷風 「上野」
出典:青空文庫