・・・「結婚の生態」はかつて「蒼氓」を書き「生きている兵隊」を書いて来た石川達三が、文学非文学の埒を蹴って、文学を常識性の一ばん低く広い水準での用具とした一つの実例であった。「生きている兵隊」で、この作者は極端な形で観念と現実との熔接術を試み・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 長く尾をひいてそこから様々の問題がひき出されて来ているのは、あの一事が偶然ではなくて、そこに何かこの頃の世態人情の気の荒さ、ともかく体の力で押して行け式の盲動性などが、その底に複雑な人心の機微を包んで発動しているからだろう。 心の・・・ 宮本百合子 「「健やかさ」とは」
二ヵ月ばかり前の或る日、神田の大書店の新刊書台のあたりを歩いていたら、ふと「学生の生態」という本が眼に映った。おや、生態ばやりで、こんなジャーナリスティックな模倣があらわれていると半ば苦笑の心持もあってその本を手にとってみ・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・共和政体は、合衆国が独立を宣言するより以前から、その胚種を持っていたのではないでしょうか。 困難に困難を忍びながらも、腕さえあればこれだけの収穫は見出せる! 幾エーカーと云う耕地に、小山の如く積みあげられた小麦の穂を眺めて、彼等は思わず・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ら、心からその良人の立場を支持し、その肉体と精神とを可能な限り健全な、柔軟性にとんだものとして護ろうとして、野蛮で、恥知らずな検閲の不自由をかいくぐりつつ話題の明るさと、ひろさと、獄外で推移しつつある世態とをさりげない家族通信の裡に映そうと・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・ オノレ・ド・バルザックは、一七九九年五月、フランスが共和政体となった第七年目に中部フランス、トゥールの町に生れた。 貴族好みで「ド」をつけて自分の姓を呼んだが、バルザックの実際の家柄は貴族などではなく、彼が後年獰猛なのがその階・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
この間或る必要から大変おくればせに石坂洋次郎氏の「若い人」上下を通読した。この作品が二三年前非常にひろく読まれたということも、今日石川達三氏の「結婚の生態」がひろく読まれているということと対比してみれば、同じような現象のう・・・ 宮本百合子 「文学と地方性」
・・・日本の文学が現代の段階までに内包して来ている諸条件と、急速に変化しつつある世態とが、交互に鋭い角度で作用しあって、例えば、行動の価値と文学の本質及びその仕事に従うこととの間に、何か文学が社会的行動でないかのような、文学への献身に確信を失わせ・・・ 宮本百合子 「文学の流れ」
・・・一方には、知性の抑圧せられ勝な息づまる世態への反撥、人間性の主張の一つの形として、肉体的にも精神的にも強く逞しい恋愛の翹望が存在している。これは、磨ぎ澄まされ偏見を脱して輝く精神力や、それを盛るところの疲れを知らず倦怠を知らない原始生命的な・・・ 宮本百合子 「もう少しの親切を」
・・・その、かのようにと云う怪物の正体も、少し見え掛っては来たが、まあ、茶でももう一杯飲んで考えて見なくては、はっきりしないね。」「もうぬるくなっただろう。」「なに。好いよ。雪と云う、証拠立てられる事実が間へ這入って来ると、考えがこんがら・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫