・・・その日は夏の晴天で、脂臭い蘇鉄のにおいが寺の庭に充満しているころだったが、例の急な石段を登って、山の上へ出てみると、ほとんど意外だったくらい、あの大理石の墓がくだらなく見えた。どうも貧弱で、いやに小さくまとまっていて、その上またはなはだ軽佻・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・と思うので、つまり精神的に人を殺して、何の報も受けないで、白日青天、嫌な者が自分の思いで死んでしまった後は、それこそ自由自在の身じゃでの、仕たい三昧、一人で勝手に栄耀をして、世を愉快く送ろうとか、好な芳之助と好いことをしようとか、怪しからん・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・その霧を抽いて、青天に聳えたのは昔の城の天守である。 聞け――時に、この虹の欄間に掛けならべた、押絵の有名な額がある。――いま天守を叙した、その城の奥々の婦人たちが丹誠を凝した細工である。 万亭応賀の作、豊国画。錦重堂板の草双紙、―・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 機一発、伊公の著名なる保安条例が青天霹靂の如く発布された。危険と目指れた数十名の志士論客は三日の間に帝都を去るべく厳命された。明治の酷吏伝の第一頁を飾るべき時の警視総監三島通庸は遺憾なく鉄腕を発揮して蟻の這う隙間もないまでに厳戒し、帝・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 永年連添う間には、何家でも夫婦の間に晴天和風ばかりは無い。夫が妻に対して随分強い不満を抱くことも有り、妻が夫に対して口惜しい厭な思をすることもある。その最も甚しい時に、自分は悪い癖で、女だてらに、少しガサツなところの有る性分か知らぬが・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・それが聖典たる易に関している。九宮方位の談、八門遁甲の説、三命の占、九星の卜、皆それに続いている。それだけの談さえもなかなか尽きるものではない。一より九に至るの数を九格正方内に一つずつ置いて、縦線、横線、対角線、どう数えても十五になる。一よ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ここは何とかして、愚色を装い、「本日は晴天なり、れいの散歩など試みしに、紅梅、早も咲きたり、天地有情、春あやまたず再来す」 の調子で、とぼけ切らなければならぬ、とも思うのだが、私は甚だ不器用で、うまく感情を蓋い隠すことが出来ないたち・・・ 太宰治 「作家の像」
なんの用意も無しに原稿用紙にむかった。こういうのを本当の随筆というのかも知れない。きょうは、六月十九日である。晴天である。私の生れた日は明治四十二年の六月十九日である。私は子供の頃、妙にひがんで、自分を父母のほんとうの子で・・・ 太宰治 「六月十九日」
・・・「爆発。ゆらぐ石門」「石のライオンが目をさまし吼えておどり上がる」という連鎖と比べてどこに本質的の差違があるか。「思い切ったる死に狂い見よ」「青天に有明月の朝ぼらけ」と付けたモンタージュと、放免状を突きつけられた囚人の画像の次に「春の雪解け・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・のような各場面から始まってうき人を枳殻籬よりくぐらせん 今や別れの刀さし出すせわしげに櫛で頭をかきちらし おもい切ったる死にぐるい見よの次に去来の傑作青天に有明月の朝ぼらけが来る・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫