・・・久しぶりに青天を見て、やれ嬉しやと思うまもなく、目がくらんで物の色さえ定かには眸中に写らぬ先に、白き斧の刃がひらりと三尺の空を切る。流れる血は生きているうちからすでに冷めたかったであろう。烏が一疋下りている。翼をすくめて黒い嘴をとがらせて人・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・彼がわずかに王政維新の盛典に逢うを得たるはいかばかりうれしかりけむ。慶応四年春、浪華に行幸あるに吾宰相君御供仕たまへる御とも仕まつりに、上月景光主のめされてはるばるのぼりけるうまのはなむけに天皇の御さきつかへてた・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・今日は二の酉でしかも晴天であるから、昨年来雨に降られた償いを今日一日に取りかえそうという大景気で、その景気づけに高く吊ってある提灯だと分るとその赤い色が非常に愉快に見えて来た。 坂を下りて提灯が見えなくなると熊手持って帰る人が頻りに目に・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・例えば児童の生活というものは、映画の画面の奇麗さのために工合のいい光線のある秋や五月の晴天だけに在るものだろうか? 冬の寒いとき、そして最も日本的な梅雨のふりつづくとき、撮影もしにくい光線と湿気との中で、ゴム長靴マント姿の学童たちの生活はど・・・ 宮本百合子 「映画の語る現実」
・・・ きょうは雨つづきの後の晴天で、珍しく川口さん夫妻が小さい娘の南枝子をつれてきて、うちの太郎と動物園へ今出かけたところ。私はカゼで門のところに佇み、黄色いずくめの太郎が初めて会った南枝子の手をとって歩いてゆくのを遠くなるまで眺めました。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 大雨があがる、 晴天 碧い空に白い雲、西風爽か 山の松の幹もパラリとしてすがしく篁の柔かい若青葉がしなやかに瑞々しく重く見える 多賀さんの下の高みで、家組が出来て、人が働いている 白シャツ姿。 廻り椽。浅い池 椽の・・・ 宮本百合子 「Sketches for details Shima」
・・・ 日本のように温和な自然に取囲まれ、海には魚介が満ち、山には木の実が熟し、地は蒔き刈りとるに適した場所に生きては、あの草茫々として一望限りもない大曠野の嵐や、果もない森林と、半年もの晴天に照りつけられる南方沙漠の生活とは、夢にも入るまい・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・れた磯の巖、灰色を帯びた藍にさわめいている波の襞、舫った舟の檣が幾本となく細雨に揺れながら林立している有様、古い版画のような趣で忘られない印象を受けた風景全体の暗く強い藍、黒、灰色だけの配合色は、若し晴天だったら決して見られなかったに違いな・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
終始末期を連続しつつ、愚な時計の振り子の如く反動するものは文化である。かの聖典黙示の頁に埋れたまま、なお黙々とせる四騎手はいずこにいるか。貧、富、男、女、層々とした世紀の頁の上で、その前奏に於て号々し、その急速に於て驀激し・・・ 横光利一 「黙示のページ」
出典:青空文庫