・・・ラク町の姐御誰々を正道にたちかえらせる勧善懲悪美談の趣味がある。だがその同じ世間は、すべての女性を売淫からまもる女子の職場確保のためにたたかう組合の活動に冷淡だし、賃上げに反感をもつし、いつまでたっても元ラク町の姐御誰々と、本人を絶望させる・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ 女学校はお茶の水の聖堂のとなりに、広大な敷地をもっていた。聖堂よりに正門があって、ダラダラ坂の車まわしをのぼると、明治初代の建築である古風な赤煉瓦の建物があった。年を経た樫の樹が車まわしの右側から聖堂の境に茂っていてその鬱蒼とした・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・すべて無言のうちに須彌壇の前で行われる動作、やや貧相な中に生動する何ものかがあり、鶴三画的であった。帰途、富士を見た。薄藍のやや低い富士、小さい焔のような夕焼け雲一つ二つ。 A氏のところに寄る。温室にスウィートピーが植込まれたところ。一・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・この正道さは、今日の現実の中で、いいかげんな民主主義便乗者よりも正義をもつものである。そのひねくれの存在権は、世代的なものとして主張されているのである。 これらは、すべて非常に心理的である。それらが心理的であるということに問題を生じるの・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・父と私との心持の相通じていた程度の濃やかさは御存知ですが、父は自分の死によってまで、かえって私たちに生活力をおこさせ、人生の正道を愛す心を深くさせる、そういう生活を営みました。よく世間では急な永訣のとき、虫が知らせるとか、或る徴候があるとか・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・世界で一番いい妻になって、一番いい母になって、そして石や青銅で美しい像をつくって、世界の果まで旅行して、ああ私はありとあらゆることがしてみたいという溢れるような彼女の性格は、その土台が真摯な、ひたむきな素朴さ、純粋さにおかれていて、どことな・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・ファブルの伝記者は、アナトール・フランスがファブルの文章は悪文であると云ったということをおこっているが、今日の第三者は、フランスはやはり文学の正道から見ての真実を云ったと思わざるを得ないのである。 科学と文学の交流・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・それは本校のその建物の真裏で、となりの聖堂の土塀に近いところに、一つづきの小高い樫の茂った丘があった。一年生として入学した年の夏、その丘の下いっぱいが色とりどりの罌粟の花盛りで、美しさに恍惚としたことがあった。それ以来、そこは私をそっと誘い・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・について、荷風も下手になったといい、「この頃はエロでなくても、傾向がわるいという理由ですぐ切り取りを命ずる警保局が、なぜあんな世道人心を害」する作品を切りとらせないかといった。正宗白鳥は、菊池が自身の側においたような風でいっている警保局云々・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・ 高津正道、佐野学、山川均菊栄氏等もやられたと云う噂あり。実に複雑な世相。一部の人々は皆この際やってしまう方がよいと云う人さえある。社会主義がそれで死ぬものか、むずかしいことだ。だまし打ちにしたのはとにかく非人道な行為としなければなるま・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
出典:青空文庫