・・・けれども、一人一人の成長と発展の過程には、丹念に青春の青銅時代がもたらされている。そしてそのういういしく漲るエネルギーによって人間生活のありかたが改めて知覚され、探究され必ず何かの新しい可能もそこに芽生えていて、社会のうちに行為されてゆく。・・・ 宮本百合子 「小さい婦人たちの発言について」
・・・長椅子からよっぽどはなれた所に青銅製の思い切って背の高いそして棒の様な台の上に杯の様な油皿のついた燈火を置いて魚油を用うるので細い燈心から立つ黄色い焔の消えそうなほどチラチラする事が多くうすい油烟が絶えず立つ。すべてよっぽど更けた夜の様・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・国文学研究の正道に立って、古典が文学外の力に利用されることに疑義を挾むぐらい、真に気魄をもって国文学を研究する人は尠い。明治以来今日迄のヨーロッパ文学研究の盛んなのとその影響力に対して、或る種の国文学研究者は、自身の態度として、反動である可・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
青銅の扉に秘密を閉してもだせる夜の厳さよ!万物はかたずのみて闇に立ち迷う奇蹟をながめ故知らぬ暗示に胸をとどろかす偉なるかな!奇なるかな!生あるものは総てかく低唱しつつ厚き帳のかなた身じろぐ夜の・・・ 宮本百合子 「夜」
・・・それに対してリアリズムを芸術の正道と信じている人々は、何も写実が今日のリアリズムではないと迄は云うけれど、では、どういうのが目ざされているリアリズムかというと、それを短くはっきり定義づけることには困難が感じられているようだ。 リアリズム・・・ 宮本百合子 「リアルな方法とは」
・・・ ロダンの「青銅時代」が表現しているように。 肉体が性にめざめるとき、時期をひとしくして人間の精神に自我が覚醒し、開花して来るというヒューマニティーの過程にこそ、思えば感動をおさえがたい人間の光栄がある。美しい十代は、小さい男性、小・・・ 宮本百合子 「若い人たちの意志」
・・・これまでは宗玄をはじめとして、既西堂、金両堂、天授庵、聴松院、不二庵等の僧侶が勤行をしていたのである。さて五月六日になったが、まだ殉死する人がぽつぽつある。殉死する本人や親兄弟妻子は言うまでもなく、なんの由縁もないものでも、京都から来るお針・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 政道は地道である限りは、咎めの帰するところを問うものはない。一旦常に変った処置があると、誰の捌きかという詮議が起る。当主のお覚えめでたく、お側去らずに勤めている大目附役に、林外記というものがある。小才覚があるので、若殿様時代のお伽には・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・元服して正道と名のっている厨子王は、身のやつれるほど歎いた。 その年の秋の除目に正道は丹後の国守にせられた。これは遙授の官で、任国には自分で往かずに、掾をおいて治めさせるのである。しかし国守は最初の政として、丹後一国で人の売り買いを禁じ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・特に政道に私なく、租税を軽減したということが、民衆の人気を得たゆえんであろう。その具体的な現われは、小田原の城下町の繁盛であった。それは京都の盛り場よりも繁華であったといわれているが、戦乱つづきの当時の状況を考えると、実際にそうであったかも・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫