・・・ こう言って、青木が僕の方を見た時には、僕の目に一種の勝利、征服、意趣返し、または誇りとも言うべき様子が映ったので、ひょッとすると、僕と吉弥の関係を勘づいていて特に金ずくで僕に対してこれ見よがしのふりをするのではないかと思われた。 ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・世に勝つの力、地を征服する力はやはり信仰であります。ユグノー党の信仰はその一人をもって鋤と樅樹とをもってデンマーク国を救いました。よしまたダルガス一人に信仰がありましてもデンマーク人全体に信仰がありませんでしたならば、彼の事業も無効に終った・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・みんな、あなたに征服されます。あなたをおそれないものはおそらく、この宇宙に、ただの一つもありますまい。」 これを聞くと、運命の星は、快げにほほえみました。そして、うなずいたのであります。 また、しばらく時が過ぎました。空に風が出たよ・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・ 曾て、彼等の祖先によって、この地球が征服されていた時代があったことを考えなければならぬ。そして、また気候の変化したる幾万年の後に至るも果して、今日の如く、人類がこの地球の征服者であると誰が確信するものがありましょうか。適者生存は、犯し・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・「大阪曾根崎署では十九日朝九時、約五十名の制服警官をくり出して梅田自由市場の煙草販売業者の一斉取締りを断行、折柄の雑沓の中で樫棒、煉瓦が入れ交つての大乱闘が行はれ重軽傷者数名を出した。負傷者は直ちに北区大同病院にかつぎ込み加療中。・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ 私は生れつき特権というものを毛嫌いしていたので、私の学校が天下の秀才の集るところだという理由で、生徒たちは土地で一番もてる人種であり、それ故生徒たちは銭湯へ行くのにも制服制帽を着用しているのを滑稽だと思ったので、制服制帽は質に入れて、・・・ 織田作之助 「髪」
・・・彼は帝大の学生だった頃、制服というものを持たなかった。中学生の時分より着ているよれよれの絣の着物で通学した。袴をはくのがきらいだったので、下宿を出る時、懐へ袴をつっ込んで行き、校門の前で出してはいたという。制帽も持たなかった。だから、誰も彼・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ 夜が明けると、駅前の闇市が開くのを待って女学生の制服を着た女の子から一箱五円の煙草を買った。箱は光だったが、中身は手製の代用煙草だった。それには驚かなかったが、バラックの中で白米のカレーライスを売っているのには驚いた。日本へ帰れば白米・・・ 織田作之助 「世相」
・・・そして今や現実の世界を遠く脚下に征服して、おもむろに宇宙人生の大理法、恒久不変の真理を冥想することのできる新生活が始ったのだと、思わないわけに行かないのであった。 彼は慣れぬ腰つきのふらふらする恰好を細君に笑われながら、肩の痛い担ぎ竿で・・・ 葛西善蔵 「贋物」
彼は永年病魔と闘いました。何とかしてその病魔を征服しようと努力しました。私も又彼を助けて、共にその病魔を斃そうと勉めましたが、遂に最後の止めを刺されたのであります。 本年二月二十六日の事です。何だか身体の具合が平常と違・・・ 梶井久 「臨終まで」
出典:青空文庫