・・・私は彼の鬼のように大きくそうしてかたい手をにがさないようにしっかりつかまえて又あるき出した。彼は今度はじゆうにあるけないからだまって私のあとをついて来る。私は歳暮大売出しと大きな門をつくった内の三省堂に本をかいによった。私はしかたがなくて彼・・・ 宮本百合子 「心配」
・・・ 熱心な信者が聖母の御像を拝するだけで自らの行手に輝く光明を見出すと同じに、私はこの美によってすべての事を感じ思わされるのである。 私はこの美にふれた時に我からはなれた我の中に生き、幼子の様なすなおな気持になる事が出来るのだ。 ・・・ 宮本百合子 「繊細な美の観賞と云う事について」
・・・ 賑やかに飾った祭壇、やや下って迫持の右側に、空色地に金の星をつけたゴシック風天蓋に覆われた聖母像、他の聖徒の像、赤いカーテンの下った懺悔台、其等のものが、ステインド・グラスを透す光線の下に鎮って居る。小さいが、奥みと落付きある御堂であ・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・正面に祭壇、右手の迫持の下に、聖母まりあの像があるのだが、ゴシック風な迫持の曲線をそのまま利用した天蓋の内側は、ほんのり黄がかった優しい空色に彩られている。そこに、金の星が鏤めてある。星は、嬰児が始めて眼を瞠って認めた星のように大きい。つつ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 町へ雑誌と、書く紙を買いに行こうと思いながら、寒さにめげて一日一日とのばして居たが、歳暮売出しを町の店々は始め、少しは目先が変って居るからと云う事で、芝居ずきの「御ともさん」とお繁婆と女中とで午前の日が上りきって、暖い時に出かけた。・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・へのプロテスト――農村と都会の分裂の悲劇p.67 十六世紀のアンリ四世とパリの同業組合p.68 異教の擡頭につれて、パリでは警吏が町角の聖母像におじぎを強要した。ふみ絵の元祖?一五六〇年頃p.72 新教と「家庭」。市・・・ 宮本百合子 「バルザック」
・・・猫背の背中を真直にし、頭をふりあげ、愛想よくカザンの聖母の丸い顔を眺めながら、彼女は大きく念を入れて十字を切り、熱心に囁くのであった。「いと栄えある聖母さま、今日もあなたの恵みを与え給え。おん母さま」 地べたにつく程低くお辞儀をする・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・趣味のある娘ならその前で讚美するのがきまりとなっているラファエルの聖母を、マリアははっきり自分は不自然だからきらいだといっているのは面白い。そんなに理解力のつよいマリアさえも貴族としての境遇は愚にした。「ロシアには下らない人間がたくさんいて・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・所が、もう年が押し詰まって十二月二十八日となって、きのうの大雪の跡の道を、江戸城へ往反する、歳暮拝賀の大小名諸役人織るが如き最中に、宮重の隠居所にいる婆あさんが、今お城から下がったばかりの、邸の主人松平左七郎に広間へ呼び出されて、将軍徳川家・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・ 大野は昏くなったランプの心を捩じ上げて、その手紙の封を開いた。行儀の好いお家流の細字を見れば、あの角縁の目金を掛けたお祖母あさんの顔を見るようである。 歳暮もおひおひ近く相成候へば、御上京なされ候日の、指折る程に相成候を楽み居り候・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫