福岡日日新聞の主筆猪股為治君は予が親戚の郷人である。予が九州に来てから、主筆はわざわざ我旅寓を訪われたので、予は共に世事を談じ、また間まま文学の事に及んだこともあった。主筆は多く欧羅巴の文章を読んで居て、地方の新聞記者中に・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・しかしF君が現に一銭の貯もなくて、私をたよって来たとすると、前に私を讃めたのが、買被りでなくて、世辞ではあるまいか、阿諛ではあるまいかと疑われる。修行しようと云う望に、寄食しようと云う望が附帯しているとすると、F君の私を目ざして来た動機がだ・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・「して見ると、あなたの御贔屓のエルリングは、余りお世辞はないと見えますね。」「それはそうでございます。お世辞なんぞはございません。」こう云っておばさんは笑った。 己にはこの男が段々面白くなって来た。 その晩十時過ぎに、もう内・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・お世辞のよいサラ・ベルナアルでさえあのひとは天才ではないと批評した。イギリスにおける第一印象は、激烈なる感動にもかかわらず、大芸術をもって目せられなかった。九三年正月初めてニューヨークに現われた時には、ヒュネカアの語を藉れば She att・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・芸術は吾人を瑣細なる世事より救いて無我の境に達せしめる。枝葉よりさらに枝葉に、末節よりさらに末節に移りたる顕し世の煩いを離れたる時、人は初めてその本体に帰る。本体に帰りたる人は自己の心霊を見神を見、向上の奮闘に思い至る。かの芸術が真義愛荘の・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫